2022年01月03日

初穂となるように【ヤコブ1:16〜18】

聖句「御父は、…わたしたちを生んでくださいました。それは、わたしたちを、いわば造られたものの初穂となさるためです。」(1:18)

1.《縁起担ぎ》 年が明けると「初夢」が話題になります。年の初めに見た夢の良し悪しによって、その年の吉凶を占う「夢占い」の名残りです。「始め良ければ終わり良し」、何事も滑り出しが良ければ、最後まで上手く行くという縁起担ぎから来ているのです。入園式、入学式、入社式、成人式などの儀式を厳粛に行なうのも同根です。しかし、そんな縁起担ぎの国にして「東京オリパラ」は初めから躓きっぱなしでした。他方、緒戦で連戦連勝の太平洋戦争が如何なる悲惨な結末を迎えたかを考えると、「始め良ければ…」の縁起も全く当てには成りません。

2.《原点思考》 「初物」を食べると縁起が良いと、旬の走りの食材が高値で取り引きされたりします。聖書にも「初穂」という語が何度も出て来ます。パウロはその地域で最初に入信した人たちを「初穂」と呼んでいます。単なる縁起担ぎではなく、原点なのです。原点さえシッカリしていれば、途中で躓いても道に迷っても、必ず立ち返ることが出来るのです。私たちが聖書を何度も読み返し、毎週の礼拝を守っているのも、「イエスさまなら、どう為さるだろう」と考えるのも「原点思考」なのです。自らの立ち位置を見失わないようにしましょう。

3.《初穂奉献》 米国のビジネス書では「ストレングス・ファインダー/自分の強みを見付けよう、自分の価値を再発見しよう」と語られます。私自身も「教会の宝探し」と言って、教会の良さを意識するように訴えて来ました。両者は似て非なるものです。むしろ、教会は自らの弱さを見詰め、その弱さの中に働く主の御力に気付く場所です。「初穂」は「初物を献げる」という動詞から派生しています。聖書本来の信仰からすると、約束の土地も民も収穫も、何もかも神さまの賜物です。神さまの所有なのです。神殿に初物を献げる儀式は、その信仰を表わしていたのです。単なる縁起担ぎではなく、万物の根源である主に立ち返ることです。私たちも、その旧約以来の信仰告白を受け継いでいるのです。私たちが原点を押さえて、そこから出発したら、神は私たちを初穂として迎えて下さるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 21:56 | 毎週の講壇から