2022年04月19日

4月第4主日礼拝

       4月 24日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”福音のためならどんなことでも〜18歳と81歳のリアル”    上林順一郎牧師
聖  書  コリントの信徒への手紙一 9章19〜23節(p.311)
讃 美 歌  27、328(@C)、490、335、451(@D)、516、28
交読詩篇  詩編 22編25〜32節(p.28)

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新しい生命の希望【マルコ10:17〜31】

生命について聖書は様々に語ります。創世記のノアの洪水物語には、『“わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉に過ぎないのだから”。こうして、人の一生は120年となった』とあります。人の生命は有限だという神の宣言です。ならば私たちは永遠に生きることをあきらめなければならないのか?

一方、興味深いことも語られています。悪を行う人間に神は心を痛め、人を造ったことを後悔して地上からなくそうとされますが、神に忠実なノアを見て、箱舟で彼と家族を救っています。神に忠実な者に救いの手が差し伸べられているのです。どうも神の前での人間の生き方がその人の生命の在り方に関係しているようです。

その深い意味はやがてイエスさまの口を通して明らかにされていきます。テキストでは、金持ちの男が『善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか?』と尋ねています。この人は金持ちで、律法厳守の信仰生活を送りつつも「死んだら自分の存在は無くなるのか?」と悩んでいたのでしょう。イエスさまの答えは簡潔でした。『持っている物を売り払い、貧しい人々に施せ、それから私に従ってきなさい』。これは財産云々の問題ではなく、神に信頼する心の在り方の問題です。

弟子たちには『神の国に入るのは、何と難しいことか』と言われます。人間の弱さに対する憐れみ、悲しみが溢れています。財産や能力に頼る人間の弱さをイエスさまはじっと見つめておられます。『金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい』という言葉を聞けば、誰でも『それでは、だれが救われるのだろうか』となります。しかしイエスさまはこうも言われるのです。『人間にできることではないが、神にはできる』。私たちは神に祈ることができるのです。これは救いです。イエスさまは、人の存在は生物学的な死をもって一切が無になるのではない、ということを明らかにしてくれています。

死の不安から私たちを救ってくれるのは復活信仰です。愛する家族や多くの愛する人たちと永遠の命を受け継ぎたい、復活信仰にはその答えがあります。

秋葉正二牧師

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