2022年07月12日

7月第3主日礼拝

       7月 17日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”純粋さという罪”    塩谷直也牧師
聖  書  ヨブ記5:17〜27(旧約p.780)、コヘレトの言葉7:15〜16(旧約p.1042)
讃 美 歌  27、126、490、505、567(ABC)、89
交読詩篇  詩篇33:4〜11(p.38)

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武力、権力によらず【ゼカリヤ4:1〜14】

ゼカリヤ書の時代背景は紀元前6世紀のバビロン捕囚からの帰国です。預言の場所はエルサレム。テキストはゼカリヤが見た5番目の幻で、根底には神殿再建への願いがあります。幻の内容は金の燭台。その解釈をめぐりゼカリヤと御使いとの間のやりとりが続きます。そこにゼルバベルという名前の人物が登場します。彼は大祭司ヨシュアと共に、バビロン捕囚から解放されてイスラエルの民が故国へ帰還する際先頭に立った人物で、神殿を再建しました。

6節には『これがゼルバベルに向けた主の言葉である』とあります。それは神殿再建事業に関する神さまの言葉でした。曰く、『武力によらず、権力によらず ただわが霊によって……』。ここを読んでいて私はロシア-ウクライナ戦争を思い浮かべました。古代の記事を現代の事象にすぐに結びつけるのは注意が必要ですが、私の中で今行われている戦争につながったのです。

神殿を再建する意味とは何でしょうか。捕囚から帰還してみたら、目の前にあるのは神殿の残骸です。幸いにもイスラエルの民はエルサレムに戻ることができましたが、神殿を再建しようとすれば、かつての戦争が思い出されるのです。新しく建てられる神殿がどういう目的で機能し始めるかは、これからのイスラエル民族の在り方に関わります。預言者ゼカリヤはゼルバベルに向けられた主の言葉として、はっきり『武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって』という声を聞き取っています。神殿は神さまに礼拝を捧げる場所です。そういう場所をこれからどのように位置付けるのか、その答えを神さまは預言者に賜ったのです。武力や権力が神殿の中にはびこれば、新しい神殿もいずれ瓦礫となることを神の声としてゼカリヤは受けとめました。

神さまと預言者とのやりとりを単なる昔の一出来事として聞き流すのではなく、私たちは自分に関わることとして、すなわち私たちの現実の中で、神さまの声として聞き取る必要があるのではないでしょうか。日本の平和憲法は、単にユートピア的理想でも、時代の要請に応えられなくなった過去の遺物でもなく、日本が歩むべき未来に対し、極めて現実的な指針であると私は思います。預言者が『武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって』という言葉をどんな気持ちで受けとめたか、私たちには想像する責任があります。世界の紛争・戦争地域に平和が回復されるよう祈りましょう

秋葉正二牧師

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