2014年10月23日

万霊節の夜に

1.幻想三人組

英国の詩人にして幻想文学作家、チャールズ・ウィリアムズ(1886〜1945年)を御存知でしょうか。『ナルニア国物語』のC・S・ルイス(1898〜1962年)や『指輪物語』のJ・R・R・トールキン(1892〜1973年)らと共に「インクリングス」(仄めかし、微かな音)と銘打った談話サークルを結成して、作品の批評をし合っていたそうです。

盟友であるルイスやトールキンの作品が世界中で読まれ、この日本でも大変な人気を博しているのに比べると、ウィリアムズは、如何にも知名度が低いのです。何しろ、彼の作品で邦訳されているのは、『万霊節の夜』(蜂谷昭雄訳/国書刊行会「世界幻想文学大系」第1期、第14巻として)1冊のみなのです。それも1985年に出版されて以来で、今では「品切増刷未定」と成っています。ルイス、トールキンと共に「オクスフォード幻想文学三羽烏」と称されながらも、ウィリアムズの著作は、殆ど日本に紹介されていないのです。

C・S・ルイスは、幼少時、母の信仰するアイルランド国教会の中で育てられ、長じては、イングランド国教会に帰依したのみならず、自ら「信徒伝道者」を名乗って、著作を通じてキリスト教信仰の普及に努めました。また、J・R・R・トールキンは終生、熱心なカトリック信者であり、教皇ピウス12世の勅令により「エルサレム聖書」が翻訳刊行された際には、その英訳(「ヨナ書」)を担当しているくらいです。C・ウィリアムズも、信仰深い両親のもとに生まれ、イングランド国教会で幼児洗礼、堅信礼を受けています。メソジスト教会系の事務所に勤務していたこともあります。

確かに、ウィリアムズは一時、オカルト団体「黄金の暁」教団に参加したりはしますが、オカルトに血迷って、一時的に棄教したのは、ルイスも同じです。ルイスに勝るとも劣らずキリスト教神学小説を書いているのに、キリスト教系の出版社すら、彼の作品には見向きもしません。私には、そのことが残念でなりません。

2.ハロウィン

ウィリアムズの『万霊節の夜』(All Hallow’s Eve)は、終戦の年、1945年に出版されています。ウィリアムズの没年でもありますから、彼の最後の長編なのではないでしょうか。ナチスドイツの大空襲の際に亡くなった2人の女性、レスターとイヴリンが幽霊と成って、この世に遺して来た男性の愛を確かめるべく、薄明のロンドン市街を彷徨います。やがて、彼女たちは、世界征服の野望を抱き、新興宗教教団を率いるサイモン牧師と対決することになるのでした。因みに「サイモン牧師」は「使徒言行録」8章の「魔術師シモン/シモン・マゴス」がモデルになっています。

突然に、ウィリアムズの『万霊節の夜』を思い出したのは、今年の「聖徒の日/永眠者記念礼拝」(11月第1主日)が丁度、11月2日に当たり、「諸魂日/All Souls’ Day」と重なっていたからです。その前日、11月1日が「諸聖徒日/All Saints’ Day」です。中世のカトリック教会では、「聖人崇敬」が盛んになるにつれて、「諸聖徒日」を列聖された殉教者、聖人のためだけの記念日とし、その他一般逝去者は「諸魂日」に記念したのです。勿論、プロテンタント教会に「聖人崇敬」はありませんから、11月最初の日曜日を「聖徒の日」として定め、全永眠者のための礼拝として守っているのです。

さて、私見ですが「万霊節」というのは、本来の趣旨からすると「諸魂日」(11月2日)のことでしょう。しかも、「万霊節」は英語の「ハロウィン/Halloween」の訳語とされています。先のC・ウィリアムズの小説も、原題は「All Hallow’s Eve/諸聖徒日の前夜」でした。「Hallow’s Eve」が訛って「Halloween」と成ったとされています。ところが、実際には、「ハロウィン」のお祭り騒ぎは11月1日(諸聖徒日)の前夜、10月31日に行なわれています。この辺りの微妙な日のズレ具合が「世俗化」ということなのでしょう。

「クリスマス/Christmas Day」よりも「クリスマスイヴ/Christmas Eve」が盛り上がるように、「諸聖徒の日/All Hallow’s Day/All Saints’ Day」なんかよりも「ハロウィン/All Hallow’s Eve」の方が盛り上がるのです。勿論、「ハロウィン」は「教会暦」には入っていません。時折、「こんなに日本でもハロウィンが定着しているのだから、教会でもお祝いしてみたらどうですか?」との、有り難い助言を頂戴しますが、残念ながら無理かと思います。教会行事(礼拝儀式)とは全く相容れないものだからです。

3.商魂と招魂

近年のハロウィン流行は、恐らく、日本の若者たちのコスプレ趣味と合致してのことでしょう。思い思いの仮装をして練り歩くのは、確かに楽しそうです。昨年、広尾を散歩していたら、黄昏の時間帯に、仮装した小さな子どもたちが大勢やって来る光景を目にしました。フェリーニの『カビリアの夜』のラストシークェンスを思い出す程に、幻想的でした。家々の前に灯されたカボチャ(ジャコランタン)のキャンドルも、私は嫌いではありません。小学校の頃の地蔵盆の灯明を思い出すからです。

ハロウィンは教会と無関係の異教の祭りで、今更、取り込みようも無いと思います。けれども、「聖徒の日」の前夜、もしくは当日の夜、私たちはキャンドルの1本でも灯して、先に召された兄弟姉妹のことを思い出してみるのも悪くはないでしょう。お祭り騒ぎをしなくても、私たちに相応しい「招魂」の仕方はあるのではないでしょうか。ハロウィンの「商魂」より、祈りによる「招魂」をお勧め申し上げます。

今の世の中、とかくコマーシャリズム(営利主義、商業主義)に流されがちです。けれども、何にせよ、魂に関することですから、余り無節操に商売に利用してはいけません。少し度が過ぎるのではないでしょうか。このままでは、決して良いことはありません。

牧師 朝日研一朗

【2014年11月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 14:21 | ┣会報巻頭言など