2014年12月23日

歌っているのは誰?

1.バロック

今でこそ、大きな声で讃美歌が歌えるようになりましたが、私も昔は、裏声でボソボソと歌っていたのです。顔を上げ、声帯と口を開いて、お腹から声を出すようにして歌う等ということはありませんでした。況して、人前で歌う、あるいは、人と一緒に歌うこと等、考えたこともありませんでした。

そんな私が、いつの頃から声を出して歌うようになったのでしょうか。洗礼を受けてキリスト者になった後も、讃美歌を歌うことを「楽しい」と思ったことはありませんでした。礼拝で歌わなくてはならないから、仕方なく歌っていただけでした。

それでも、毎週の礼拝に出ていると、時々、その旋律や歌詞に胸打たれることがありました。何週間か経ってから、ふと思い出して、「あれ、何番だったかしら?」と、「讃美歌」のページを捲ることもありましたが、礼拝の時しか捲らない「讃美歌」の本は、初心者には、知らない歌ばかり、同じような歌ばかりに見えて、結局、分からず仕舞いということになってしまったものでした。

勿論、大学の神学部では「教会音楽の歴史」は学びますが、讃美歌を歌うことはありませんでした。しかも、「教会音楽の歴史」の講義は、バロック時代のドイツ宗教音楽に限定されていました。ブクステフーデ、シュッツ、パッヘルベル、大バッハ、ここまでです。凄く偏っていると思いませんか。要するに、「讃美歌は、それぞれ自分の通っている教会で、実地に歌って覚えなさい」ということだったのでしょう。

2.河内音頭

そんな状態で、伝道師(牧師見習い)として教会に赴任しました。赴任した教会では、すぐさま「次の日曜日から夕礼拝を担当すること」を言い渡されました。まあ、聖書のお話は何とかなります(色々と「実験」をさせて貰いました)が、困ったのは讃美歌の選定です。音符が読めない人間にとっては、巻末の「聖書引照索引」で選ぶよりありません。それ以外に選定基準、選定根拠が考えられなかったのです。

ところが、実際の礼拝となると、折角、オルガニストが弾いて下さっても、選んだ本人が歌えない、礼拝出席者も歌えないということが起こってしまったのです。そして、半世紀以上のキャリアを誇る牧師(主任担任教師)が、その実、余り讃美歌を御存知ないという、驚愕の事実を発見したのでした。そう思って意識し始めると、成る程、朝の礼拝も似たり寄ったりの歌ばかりです。「讃美歌」第一編は567番までありましたが、その内、実際に礼拝や家庭集会で歌われているのは、どんなに多く見積もっても、せいぜい50曲程度のものでした。つまり、11分の1だったのです。

半年も経って慣れて来ると、「自分の歌えない歌は選ばないようにしよう」と思って、私も冒険を慎むようになりました。しかし、神さまは、そんな私に「歌う心」を与えようとされたのです。1年後、老牧師が隠退され、新任牧師が赴任しました。彼は合唱の経験があり、未知の歌も積極的に採り上げました。「第二編」や「ともにうたおう」(第三編)、いのちのことば社の「友よ歌おう」等も歌いました。何より、彼自身が歌うことが大好きでしたから、多少、音程が外れても、よく知らない歌でも、一生懸命に歌って居られました。今思えば、あのH牧師が私の讃美歌の師匠でした。

その後、私は宮崎県の小規模教会に赴任しました。私自身も、以前よりは数多くの讃美歌が歌えるようになっていました。ここでは、率先して声の出せる人は私しかいません。そこで「河内音頭」よろしく、♪「唄の文句は小粋でも/わたしゃ未熟で/とっても上手くも/きっちり実際まことに/見事に読めないけれど/八千八声のホトトギス/血を吐くまでも/務めましょ」の心意気で歌い続けたのでした。なぜなら、歌声の無い礼拝くらい、薄ら寒いものはありませんから。それは、教会の規模の大小とは何の関係もありません。

3.讃美歌21

札幌の教会に転任して、何年か経った時、いよいよ「讃美歌21」への切り替えを真剣に考えざるを得なくなりました。牧師のキャリアを10年積み重ねて、漸く讃美歌を意識して選んだり、歌ったり出来るようになったというのに、その愛着のある讃美歌集を措いて、新しい讃美歌集に切り替えるのです。これは、正直、大変な苦痛でした。しかし、幸いなことに、北海道の教会は(開拓地だからか)進取の気質に富んでいて、奏楽者や聖歌隊が保守的な私の背中を押してくれたのです。

忘れもしません。2000年の4月第1主日からでした。行人坂教会で「讃美歌21」を使用するようになったのは、1998年からですから、それより2年も遅れて、私はスタートしたのです。新しい讃美歌には馴染みが無く、不安を通り越して、恐怖と憎しみすら感じました。まるで、父親の横暴で実母が離縁された後にやって来る、見知らぬ継母と接しなければならない、子どものような複雑な心境でした。

しかし、毎月、奏楽者たちと会議をして、次の月の讃美歌を選定するようにしました。そんな中、新しい愛唱歌にも出会いました。そして、それまで、自分の讃美歌選びが如何に無考えであったかと思い知りました。オルガニストに番号を通知するのも2週間前、練習する人は大変でしたでしょう。そんなことにも気が付きませんでした。

私は今、歌い慣れない讃美歌があると、前の週に、インターネットで該当する曲を探して試聴するようにしています。教会学校礼拝の後には、奏楽者に弾いて貰って練習をします。その上で、主日礼拝前には、毎週、早く来た会衆と讃美歌練習をしているのです。新しい出会いを恐れてはなりません。「河内音頭」の言う通り、私たちは「未熟」なのですから。

牧師 朝日研一朗

【2015年1月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 14:35 | ┣会報巻頭言など