2015年01月23日

ドラマの黄金時代

1.信仰の擁護者

16世紀初頭、テューダー王朝のイングランド王、ヘンリー8世は、世継ぎの男児を産まないカタリーナ・デ・アラゴン(スペイン国王フェルディナンド5世の妹)と離婚して、アン・ブーリンと再婚しようとします。ところが、ローマカトリック教会では、結婚は秘蹟(サクラメント)であるため、それを破ることは出来ません。ヘンリーは、カンタベリー大主教トーマス・クランマーに、アンとの結婚の合法性を宣言させます。そして遂に、ローマ教皇庁と袂を分かち、英国王を英国教会(アングリカン・チャーチ)の首長とする「首長令」を議会通過させるたのでした。

因みに、元々、ヘンリーは宗教改革には反対していて、ルターの教説を反駁する論文を書いて、そのために、教皇レオ10世(本名:ジョヴァンニ・デ・メディチ、実家が彼のスポンサーでした)から「信仰の擁護者/Defensor Fidei」の称号を受けていたのです。ヘンリーは教皇から破門されるのですが、皮肉なことに「信仰の擁護者」の称号は、これ以降、英国王の代々の肩書きとして公称されるようになります。

結局のところ、世継ぎの男児を産めなかったアン・ブーリンは、哀れ、ヘンリーの寵愛を失い、姦通の濡れ衣を掛けられて、断頭台の露と消えます。その後も、ジェーン・シーモア(産褥死)、アン・オブ・クレーヴス(結婚失効)、キャサリン・ハワード(姦通罪により処刑)、キャサリン・パーと、ヘンリーは不幸な結婚を繰り返します。ヘンリーの命を受けて、次から次へと王妃探しをする陰謀家の宰相、トーマス・クロムウェルは、後の「ピューリタン革命」の立役者、オリヴァー・クロムウェルの先祖です。それはともかく、結局、ヘンリーが斬首させたアンの娘、エリザベス1世が英国を支えることになるのです。

2.血まみれ女王

エリザベスの時代に先立って、ヘンリーとカタリーナとの間に生まれたメアリー1世が即位します。父王に対する怨みからでしょう、彼女は狂信的なカトリック教徒に成っていました。英国の宗教改革を全て否定し、異端審問を復活させ、プロテスタントの聖職者を追放、投獄、先のクランマーを初め、3百人を焚刑に処したのです。それで、彼女は「血まみれメアリー」と呼ばれました。カクテル「ブラッディ・メアリー」の由来です。

メアリー1世と同時代に、スコットランドの王妃だったのが、もう一人のメアリー、フランスから嫁いだマリー・ド・ギーズでした。彼女もまた、スコットランドをフランスの属州にしようとして、プロテスタント貴族と領民を弾圧しました。そして、3人目のメアリーが登場します。スコットランド女王、メアリー・スチュワートです。彼女も母親の遺伝子を継いだのでしょう。ローマ教会復興政策を進めますが、スコットランド長老教会の抵抗は予想外に強く、却って自分の身が危うくなります。ジョン・ノックス(カルヴァンの友人)との会談も決裂、彼女はイングランドに亡命を余儀なくされます。王位が脅かされると思ったエリザベスは、メアリーを19年間監禁した挙句に処刑します。

こうして、エリザベス1世の「黄金時代」を迎えたのですが、未婚のまま生涯を終えたエリザベスに子はありませんでした。何しろ、彼女の愛人、ウォルター・ローリーが先住民から奪い取って、エリザベスに献呈したのが、北米「ヴァージニア州」と言うくらいです(「ヴァージン・クイーン/未婚の女王」に因んで名付けた)。

こうして最終的には、テューダー朝は断絶。ヘンリーの姉が嫁いだスコットランドのスチュワート朝、ジェームズ1世(メアリー・スチュアートの遺児)が両王朝を継承することになります。歴史というものは、何と皮肉なのでしょう。このように二転三転する歴史を見ていると、英国人がシニカルなのも、この辺りから来ているのかと得心が行きます。

3.黄金狂時代?

とにかく、この時代の英国王室のドタバタはドラマの宝庫です。この時代の歴史を題材にした映画は、どれだけ数多くあったことでしょうか。その中でも、私が一番印象深かったのは、ヘンリーに逆らって斬首された大法官、トーマス・モアを描いた『我が命つきるとも』(1966年)でした。原題の「A Man for All Seasons」とは「時勢がどんなに変わっても、それに流されない男」という意味でしょう。

他にも、アン・ブーリンをヒロインに据えた『1000日のアン』(1969年)、『ブーリン家の姉妹』(2008年)、エリザベス1世を描いた『エリザベス』(1998年)、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007年)の二部作、古くは、『女王エリザベス』(1939年)、『ヴァージン・クイーン』(1955年)の二部作、『悲恋の王女エリザベス』(1953年)、メアリー・スチュワート物としては、『メアリー・オブ・スコットランド』(1936年)、『クイーン・メリー/愛と悲しみの生涯』(1971年)等が思い出されます。

英国で「コスチューム・プレイ/時代劇」と言えば、この時代なのです(そうでなければ、ロビン・フッドの時代でしょう)。丁度、日本で言えば「戦国時代」です。NHKの大河ドラマも「幕末」と「戦国時代」の代わり映えのしないシーソーの連続ですが、やはり、それが「大河」に相応しいと、多くの人が感じているからなのでしょう。それは恐らく、登場人物の多彩さと共に、二転三転する権力ゲームの面白さでしょう。

その意味で、ドラマにとっての「黄金時代/Aetas Aurea」なのです。そう言えば「大河」にも、堺の商人を描いた『黄金の日々』がありましたが、ヨーロッパも、ある種の「黄金時代」でした。経済と金融で言えば、イタリアはメディチ家とボルジア家、ドイツはフッガー家の時代です。但し、彼らのデッチ上げた「免罪符/贖宥状」が引き金と成り、「宗教改革」運動が起こったことも忘れてはなりません(やっぱり、皮肉)。

牧師 朝日研一朗

【2015年2月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 17:49 | ┣会報巻頭言など