2015年03月30日

人生は、いつも坂道【ルカ19:28〜44】

聖句「イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、…声高らかに神を賛美し始めた。」(19:37)

1.《上り坂と下り坂》 東京は坂の多い都市です。坂には上り坂と下り坂があります。同じ坂でも上りと下りがあります。「五十の坂を二つ三つ越したくらいの」等と言うように、10年1区切りの年齢を「峠」になぞらえてあるのです。「三十路、四十路、五十路…」と言う時の「十路」です。その都度、上り下りがあるのです。「上り坂」の苦労や喜び、「下り坂」の平安や危険もあるのです。

2.《上り下りの苦労》 イスラエルは高低差の多い土地柄と聞きますが、意外に聖書には「坂」や「坂道」という語は出て来ません。「ヨシュア記」10章で、ヨシュアに率いられたイスラエルがカナン連合軍をベト・ホロンの坂道に追撃する物語、「サムエル記下」15章で、息子が謀反を起こしたために、ダビデ王が着の身着のままで都落ちした時に「オリーブ山の坂道を泣きながら上って行った」物語くらいです。ダビデが泣いて上ったオリーブ山の坂道を、イエスさまの一行は喜びに溢れて下って行きます。楽しそうに見えますが、イエスさまにとって、これは十字架の道行の始まりなのですから、私たちは複雑な思いです。

3.《またも十字架に》 現代ギリシアの作家、カザンザキスに『キリストは再び十字架に』という長編小説があります。希土戦争に敗れて、トルコ統治下に置かれたギリシア人の村に、同じギリシア人難民が助けを求めて来ますが、事なかれ主義の村の指導者たちは無為無策です。信仰篤い羊飼いを中心に、村の青年たちが難民救済に奔走しますが、村の司祭の通報で羊飼いはトルコの官憲に捕縛され、拷問され殺されてしまうのです。羊飼いのマノリオスは難民の指導者、フォティス司祭に問い掛けます。「どのように神を愛すべきでしょうか」―「人を愛しながらだ」、「どのように人を愛すべきでしょうか」―「人を正しい道に導こうと努めながらだよ」、「正しい道とは、どんな道でしょう」―「上り坂の道だ」。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 16:45 | 毎週の講壇から