2015年04月27日

水もれ教会

1.教会が伏魔殿?

その昔、石立鉄男主演の『水もれ甲介』というホームドラマがありました。「水もれ」の題名からもお察しの通り、主人公は水道屋です。調べてみたら、1974年のドラマでした。もう40年以上もの歳月が経っていたのです。妹役の村地弘美が可愛くて、それを目当てに見ていたものです。「龍角散トローチ」の「…と日記には書いておこう」のCMで、セーラー服の女子高生を演じていた女の子です。

私が『水もれ甲介』を思い出したのは、最近、我らが行人坂教会もまた、水道屋のお世話になっていたからです。昨年の暮れから、急激に水道料金が上がり始めたのです。水道メーターを見ると、誰も水道を出していないのに、カウンターが動いているのです。数年前にも、そんな事が起こったのですが、今回は半端ではありませんでした。2ヶ月で4万円もの水道料金の請求書が届くようになったのです。

早速、会堂委員会に業者を手配して頂き、漏水箇所の捜索が始まりました。ところが、全く特定できません。何しろ、教会の地下に埋設されている水道管は、腐食して漏水するのも道理と思われるような大昔の「鉄管」なのです。しかも、会堂建築当時に水道管敷設を請け負った業者が悪いのか何なのか、水道管は迷路のように複雑に枝分かれしており、図面とも違っています。数年前、目黒区による水道管入れ替え工事が入った時には、教会の水道管から盗水目的と思しき水道管の残骸が出現したくらいです。

歴代の会堂委員長からも「行人坂教会の地下は伏魔殿」と言われている程なのです。それにしても「教会の地下が伏魔殿」等とは洒落になりません。悪魔学の好きな牧師としては、そのフレーズを耳にしただけで、ウハウハと嬉しくなってしまうのですが、隔月で届く水道料金請求書を見れば、恐らく、悪魔も尻尾を巻いて逃げ出したくなることでしょう。

2.ここに泉あり!

漏水箇所を特定できないとは言え、このまま放置することも出来ません。何しろ水道料金が何万円単位です。しかし、地下を掘り起こして、水道施設を総入れ替えする訳にも参りません。そこで会堂委員会は、地下の古い鉄管を不使用にして、新たな水道管(塩ビ管)を敷設して、そこに水道を通す計画を立てました。2つの業者に見積もりを立てさせていましたが、百万円以上の工事費が見込まれていました。

そんな折の出来事でした。3月末から、バリアフリーの入浴設備「ヨナ」の前のウッドデッキに立つと、ポッチャン、ポッチャンと水滴の音が響いているのです。妻が「例の漏水箇所ではないか」と言うので、4月12日、会堂委員長と共にウッドデッキの隙間から地面を覗くと、何と、泉が湧き出しているではありませんか。澄み切った湧水の周りでは、砂粒がダンスを繰り広げています。まさしく『ここに泉あり』です。

4月15日、ウッドデッキを外すと、その下には、美しい泉があり、その50センチ地下から「塩ビ管」の漏水が発見されました。どうやら、20年程前に、会堂から牧師館へと給水するために敷設した物らしい。原因は不明ですが、「塩ビ管」が破損し、最初は地底に広がっていた水が、何ヶ月かを費やして、地上にも泉となって湧き上がり、その溢れた水が旧幼稚園の側溝に滴り落ちて鳴っていたのです。

「伏魔殿」と言われていましたが、教会の聖堂から湧き溢れているのですから、本当は「聖なる泉」かも知れません。思わず、ザ・ピーナッツの「聖なる泉」(『モスラ対ゴジラ』の挿入歌)を、♪「Na Intindihan mo ba/Mayrou doan maganda balon/Punta,ka lang dit」と思わず詠唱してしまった程です(哀しい「特撮オタク」の習性)。水曜祈祷会に見えていた婦人のお一人は、清浄なる泉の滾々(こんこん)と湧き出る様を見て、「まるで、ルルドの泉みたいねぇ」と感想を漏らしておられました。

3.黄泉帰りの日に

本当に、これが自然に湧き出た清水であったなら、あるいは「ルルドの泉」のように「霊験新たか」と評判を呼んだかも知れません。ジェニファー・ジョーンズ主演の『聖処女』(ルルドの泉の啓示を受けたベルナデットの物語)、イングマル・ベルイマンの『処女の泉』が思い出されました。そう言えば、ブルー・コメッツの「マリアの泉」という歌もありました。すっかり、泉のイメージに魅了された私が、斯く斯くと妻に喋ると、「誰か病気の人が治るとかしないと、ダメよ」と瞬殺されてしまいました。

しかしながら、「泉」は「黄泉/ヨミ」にも通じています。「黄泉」とは「地下の泉」ですから、そこから地下の「死者の世界」を言うようになったのです。死後の世界を「黄泉」と表記するのは、漢民族の陰陽五行説に由来しています。「黄」は色ではなく「土」という意味なのです。ともかく、地下世界に、もう1つの「水の世界」があるらしいのです。これは旧約聖書にも共通する、古代人特有の世界観です。

その「黄泉」から帰って来るので「黄泉帰り/蘇えり」と言うのです。大学時代の夏休み明け、私が山陰線に乗って実家から戻って来たのを、国文科の友人が「まさに『黄泉帰り』だね。『根の国』から帰って来たのだから」と言って迎えてくれたことがありました。その時に初めて、自分の郷里が「根の国」の入り口だということを意識させられたのです。まあ、確かに、酒吞童子の大江山、夜久姫の名を残す夜久野高原など、「まつろわぬ民」(大和朝廷に服属しなかった土豪たち)と繋がる世界ではありました。

それにしても、今回の水道管の漏水と言い、数年前には集中豪雨の度に起こった雨漏りと言い、建築から53年を経て、さすがの行人坂教会の建物も、あちらこちらから「異界」が顔を覗かせるようになって来ました。妖怪マニアとしては嬉しい限りです。

牧師 朝日研一朗

【2015年5月の月報より】

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