2015年05月31日

親不孝物語

1.重ねた不義理

6月14日、父の「二十五回忌法要」のために実家に帰る予定です。恐らく、実家に帰るのは11年ぶりです。長男二男が共に未だ幼くて、トノサマガエルやシマヘビを捕まえようと、田んぼの畦道を走り回った記憶があります。母に会うのも6年ぶりです。二男が入院中に、上京して家事を助けてくれた時が最後です。指折り数えて、何という親不孝者かと、我ながら驚きます。

これだけ長く不義理をしていると、家族や親族から「あんた、誰?」と冷たくあしらわれても文句は言えません。白いお面こそ着けていませんが、『犬神家の一族』の「佐清(すけきよ)」状態であることは想像に難くありません。いっそ「佐清」の白いお面を被って帰省しようかとも考えましたが、新幹線に乗る前に(品川駅の段階で)「不審者」として職務質問の対象になるのが関の山ですね。

ともかく「親不孝」「親への不義理」というのは、それだけで「十戒」の第5戒に違反している訳です。「あなたの父母を敬え。そうすれば、あなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることが出来る」(出エジプト記20章12節)。「敬う、尊敬する」と訳されたヘブル語「キベード」は「カーベード/重い」「コーベド/重さ」から派生した語です。「神の権威を重んじる」ことなのです。死んだ者としての取り扱い(祖先崇拝)や年老いて衰弱した者への配慮(憐憫)とは無縁なのです。むしろ「汝らの父母に祝福の基あり」と、律法は教えてくれているのです。つまり、不義理を重ねた挙句に、私が実家に帰るのを重苦しく感じるのも、神さまの与えて下さる重さに違いありません。

2.見知らぬ家族

そんなことを思い浮かべていると、往年のフランス映画2本が思い出されました。1960年の『かくも長き不在』(Une aussi longue absence)、そして、1982年の『マルタン・ゲールの帰還』(Le retour de Martin Guerre)です。

前者は御覧になっている方も多いでしょう。カンヌ映画祭のグランプリ(パルム・ドール)作品です。パリの下町で飲み屋を営む未亡人(アリダ・ヴァリ)が、記憶喪失の浮浪者(ジョルジュ・ウィルソン)に出会います。彼はどことなく、戦時中に行方不明になったままの夫の面影と重なるのですが…。マルグリット・デュラスがシナリオに参加していて、アラン・レネが編集を手掛けています。観終わった後、スポンジを天麩羅にして飲み込んだような、憂鬱な気分に浸れること請け合いです。

後者は、16世紀のフランスの小村を舞台に、突然、現われた男(ジェラール・ドパルデュー)が「マルタン・ゲール」と名乗るのですが、マルタンの妻(ナタリー・バイ)は夫の変貌振りに困惑するという物語です。かつては神経質で人付き合いの悪かった夫が、今は気さくで家族思いの働き者に変わっていたのです。ところが、やがて本物のマルタン・ゲールが、戦死したはずの戦場から帰って来たのです。この話を、アメリカの南北戦争に舞台を移してリメークした映画が、リチャード・ギアとジョディ・フォスター共演、1993年の作品『ジャック・サマースビー』(Sommersby)です。

この事件は、当時の裁判記録が残っていて、それに取材した中世史研究書『マルタン・ゲールの帰還/16世紀フランスの偽亭主事件』(ナタリー・Z・デーヴィス著、成瀬駒男訳、1985年、平凡社)が有名です。

そう言えば、安部公房の『他人の顔』という名作もありました。これらは皆、夫婦の話ですが、親子や兄弟姉妹でもあり得る話です。実際、中国残留孤児の帰還運動が盛んだった時には、肉親の再会と思っていたら、DNA鑑定などで後から別人であることが判明したというような話が幾つもあったように思います。そもそも、戦中戦後に還って来た戦死者の遺骨などは本人の物であるかどうかも、甚だ怪しかった訳です。

3.親不孝大通り

なぜでしょうか、日本各地に「親不孝通り」と称する飲み屋街があります。横浜の曙町、博多の天神が有名ですが、東京でも洲崎大門と吉原大門とを繋ぐ「大門通り」を「親不孝通り」と呼んだ時代があったそうです。「遊郭から遊郭へ」ですから、文字通りの「親不孝」です。調べてみると、大阪では近畿大学の近所(長瀬駅前)に、名古屋では名古屋駅裏(太閤口)に「親不孝通り」と称する場所があったそうです。最近では「親富孝通り」等と、別の文字を当てて表記する場合があります。

重ねて、映画の話で恐縮ですが、私の大好きな増村保造監督の1958年作品にも『親不孝通り』というのがありました。「アプレ」だか「太陽族」だか(どっちにしても古い)の若者たちが主人公なので、舞台は洲崎でも吉原でもなく、銀座に成っています。川口浩、桂木洋子、野添ひとみ、船越英二というメインキャストを見ても、古色蒼然としています。何しろ、今や桂木を除いて3人とも物故者です。

因みに、1945年の『天井桟敷の人々』(Les enfants du paradis)の第1部は「犯罪大通り」(Le boulevard du crime)でした。1840年代のパリでは、下町の「ブールヴァール・デュ・タンプル/le boulevard du Temple」が「犯罪大通り」の名前で呼ばれていたそうです。「親不孝通り」が駅裏の飲み屋街、裏路地の後ろ暗いイメージなのに、「大通り/ブールヴァール」とは、何と祝祭的なのでしょうか。かの映画にも登場する、実在の犯罪者にして詩人、ピエール・ラスネールは、今では「ムッシュ・ラスネール」というフランスのニット専門の服飾ブランドに名を残しています。締めに、ラスネールの名台詞をどうぞ。「危ないねぇ。気をつけることです。振り返ると、過去は狂犬のように噛み付いて来ますぞ」。

牧師 朝日研一朗

【2015年6月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など