2015年06月28日

仮面を被った麝香猫

1.エレミヤの手紙

「神々の像は、あたかも神殿の梁のようなもので、よく言われるように、その内部は虫に食われています。地からわいた虫が体や衣をかじっても、何も感じません。その顔は神殿に漂う煙で黒ずんでいます。その体や頭の上を、こうもりやつばめ、小鳥が飛び交い、猫までやって来ます。このようなことで、それらの像が神ではないことは分かるはずですから、恐れてはなりません。」

旧約聖書続編「エレミヤの手紙」19〜22節です。聖書中、唯一「猫」が登場する箇所として、「猫好き」の人たちから喜ばれている箇所です。「エレミヤの手紙」等と言っても、別に預言者エレミヤが書いた手紙ではありません。「エレミヤ書」29章に、エレミヤが第1回バビロン捕囚で連行された同胞へ宛てたとされる手紙があるために、それに倣って、このような書名が付けられたそうです。「エレミヤの手紙」には、「第二神殿時代」(バビロン捕囚から帰還したユダヤ人たちがエルサレムに神殿を再建して以降の時代)の、バビロン残留民の生活や信仰が反映されていると言われています。

2.猫が行方不明?

「猫」と言えば、エジプトが有名です。猫の頭を持った女神、バテストがいるくらいに、猫は崇拝されていました。飼い猫が死ぬと、飼い主と一緒に死後の復活を果たすことを願って、ミイラにしているくらいです。紀元前525年、アケメネス朝ペルシア帝国のカンビュセス2世(キュロス2世の息子)が、エジプト第26王朝を滅ぼして、エジプトを征服併合しますが、この時の戦い(ペルシュウムの戦い)では、ペルシア軍が戦列の前に多数の猫を置いたため、エジプト軍は攻撃することができず、そのために敗れたという俗説まであります。猫愛に殉じて全滅するとは…。

しかしながら、「エレミヤの手紙」に出て来る「猫」は「バビロンの猫」と考えられています。ここでは、猫崇拝は問題にされていないからです。ペルシア帝国時代とは言え、未だペルシャ猫は登場していません。ペルシャ猫という品種が登場するのは、15〜16世紀に成ってからのことですから。

日本でも、廃寺の仏像の上を猫が歩いている風景を想像することは難しくありません。廃寺でなくても、古びた教会にも猫は居着くのでしょう。我が行人坂教会の近辺にも、数匹は馴染みの野良猫がおりまして、春の夜更け等、教会の中庭で盛んに交流をしています。発情期の営みですが、赤ん坊の泣くような甲高い声で、名古屋人のようにミャアミャアと騒いでいました。

ところが、今年に限っては、そのような声を聞くことがありませんでした。街から消えた訳ではありません。時折り道路で見かけると、相手の方でもジッと見ていますから、私も必ず声をかけて挨拶をします。「最近、教会に来ていないね」等と問うてみますが、何分、相手は猫ですから、詳しい近況報告はしてくれません。しかし、彼らには彼らなりに、教会から遠ざかる理由があったのです。いつの頃からか、別の動物が教会の中庭を縄張りにするように成っていたのです。

3.食べられる猫

去る6月20日朝、2階の寝室のカーテンを開けてビックリ。ベランダにウンコの山盛りがあり、その中に多数の種が混じっています。間違いなく、庭の枇杷の実です。私も血迷って最初は猫かとも考えましたが、猫はフルーツを食べません。とすれば、残る可能性は「ハクビシン」しかありません。

その夜8時頃でしたか、土曜日恒例の『男はつらいよ』をBSで観ていた時です。木の枝がザワザワと揺れる音が盛んにするではありませんか。懐中電灯を手に庭に出てみますと、枇杷の木の枝にハクビシンが3匹、枇杷の実をムシャムシャと嬉しそうに齧っています。懐中電灯で照らすと、目が白く光ります。

「ハクビシン/白鼻芯、白鼻心」は、かなり古くから日本に入って来た外来種です。イタチに似て、細長い体と尻尾を持っていますが、ネコ目ジャコウネコ科です。ラテン語の学名は「Paguma Larvata/パグマ・ラールヴァータ」、「larua/ラールア」が「仮面」ですから、「仮面を被ったようなパグマ(マレー語で「木登り犬」とか)」です。「仮面」とは、額から鼻に抜ける白い筋の特徴を言います。英名は「Masked Palm Civet/マスクド・パーム・シヴィト」、「シヴィト」は「麝香」です。「palm cat/パーム・キャット」が「ジャコウネコ」です。やはり「マスクド/仮面の」と付きます。

東京23区内には、ハクビシンが千頭以上生息しているそうです。現在のところ、ハクビシンは「外来種」扱いではなく「野生動物」扱いに成っていますので、駆除殺傷することは禁じられています。残念です。その肉はとても美味だとされていますので、私としては、少し食べてみたいと思っていたのです。中華料理では、臭みを除くため、ニンニクと醤油で味付けして、梨と一緒に煮込んで「梨片果子狸」という料理にするそうです。「果子狸」がハクビシンの中国名「クオツーリー」です。

同志社の神学部の学寮であった「此春寮」では、戦後の食糧難の時代、よく寮生たちが赤犬を捕まえて来ては、鍋にして食べていたそうです。そんな時代の先輩たちに「猫は食べましたか?」と尋ねると、「猫の身は油ばかり多くて食べられた物では無かった」「フライパンにヘバリ付いた猫の油が取れなかった」と証言してくれました。

果実を大量に食べているハクビシンならば、さぞかし美味しいことでしょう。愛猫家の皆さんも、あのイタチとタヌキの中間みたいな奴なら許して下さるのではないでしょうか。

牧師 朝日研一朗

【2015年7月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など