2015年11月29日

湯たんぽの夢

1.暖かい寝床

かつては身体に熱量が充溢していた私も、開腹手術を境にして、すっかり冷え性に成ってしまいました。真冬に布団から素足が出ていても、朝まで眠り続けていたものですが、今では布団に湯たんぽが欠かせません。思い返せば、手術直後には、分厚い靴下を履かないでは眠れない程でした(まるで、イギリス人のようです)。あの頃に比べれば、かなり元気を回復してはいるのです。しかし、それでも、やはり、毎晩、湯たんぽを用意しています。今年は暖冬だと言うのに…。

湯たんぽは11月上旬に登場します。我が家で湯たんぽを用意するのは、私の仕事です。但し、以前は、家族のために湯たんぽを作って上げていたのですが、今では、自分自身のために作っているような気がします。比較的、温暖な夜など、妻や長男が「今夜は要らない」と言うのに、せっせと湯たんぽを作り続けています。気の毒に思って同情してくれるのでしょうか、二男は「ぼくのも作って」と言ってくれます。

しかし、こうして私が湯たんぽを作るようになったのは、札幌時代からです。御存知のように、極寒の北海道では、窓は二重窓、二重サッシ、玄関も二重扉、部屋のストーブは冬中付けっ放しです。外出時/外泊時にも、自宅のストーブは「Low」のままにして置くのが鉄則です。礼拝堂の暖房なども、週日の間に冷え切っているので、土曜日の深夜にボイラーを焚き始めて、朝の礼拝時に備えます。極寒の故に部屋の中は(常夏とまでは言わずとも)常春状態にしてあるのです。

そんな環境下で、湯たんぽ等、不要と思われるかも知れません。それでも、出産後、妻が体調を崩したのを契機に、湯たんぽを作り始めました。湯たんぽをして眠ってみると、血の巡りが善くなり、順調に回復したように思われて、それ以来、冬の湯たんぽは我が家の定番と成りました。

2.懐かしい炉

湯たんぽの効用は幾つもあります。朝の目覚めが良いのです。電気毛布を使用すると、眠っている間に体の水分が失われて脱水症状に陥ることがあります。タイマーをセットして、ストーブやエアコンが点くのは便利ですが、朝の新鮮な空気からは程遠いものです。湯たんぽには、そんなことはありません。風邪も引きにくいのです。湯たんぽは、電気もガスも灯油も使いません。勿論、湯を沸かすのにガスは必要ですが、その後はエネルギーを消費しません。朝までポカポカしています。最高の省エネ暖房具です。

それにしても、10年以上、湯たんぽを利用していると、最近の湯たんぽは製品の質が悪くなったと思います。プラスチック製であっても、数年は使用に耐えたものですが、最近は、1年か2年しか持ちません。先日も、2年前に買った製品の柄から湯が漏れ始めて廃棄したばかりです。その数日後には、昨年買ったばかりの製品の蓋が破損して、そこから湯が漏れて、危うく火傷しそうに成りました。

その点、金属製が丈夫なのですが、こちらは内部から腐食が起こり易いという欠点があります。勿論、シーズン終了時には、一旦、水を抜いた後も引っ繰り返す等して溜まり水を落とします。蓋を開けたままにして、数日間、風に晒して内部まで乾燥させてから、押し入れに仕舞います。それでも、腐食を起こして、継ぎ目から湯が少しずつ漏れていたことがありました。やはり、消耗品なのでしょう。残念なことです。

そう言えば、私の幼少時、実家には、江戸時代、明治時代の代物(殆どガラクタ)が沢山あったのです(因みに、今も囲炉裏火鉢の間があります)が、その中に瀬戸物製の湯たんぽがありました。瀬戸物にどれだけの保温性があったのかは大いに疑問です。

私の幼少時には「豆炭」という暖房具があり、それを布団に入れて眠っていました。湯たんぽ程の大きさの容器をパカッと開けると、中に豆炭を入れる窪みがあります。そこに、火を点けた豆炭を入れるのです。炬燵も「練炭」でした。よく炬燵の中に入って遊んでいた子どもが一酸化炭素中毒で亡くなっていました。「練炭」は円筒形をしていました。その小型が「豆炭」でした。同じ豆炭を使う携帯用の「懐炉」もあったように思います。石炭ストーブと同じく、今と成っては懐かしい暖かさです。

3.熱燗の喜び

私の故郷も雪が降るので、小学校の教室には、大きなダルマストーブがありました。冬には、2人でバケツに石炭を入れて教室に運ぶのが、日直の仕事でした。給食のコッペパンをストーブで焼くのが流行りました。焼いたパンにマーガリンを置いて溶かしました。ストーブの上には、加湿のために湯の入った鍋が置いてあるのですが、それに牛乳瓶を入れて、熱燗にして飲むのが流行りました。今と違って、パンも牛乳もマズイ代物ですが、温めると何でも美味しく感じました。

やがて灯油ストーブに変わりました。日直が2人で灯油を入れたポリタンクを運ぶようになりました。そして、誰もパンを焼かなくなりました。パンを焼いてみると、石油臭かったのです。それでも牛乳の熱燗は続いていました。

中学に入ると、全館スチーム暖房でした。各教室の窓際にスチームのラジエーター(放熱機)が突き出ていました。濡れた靴下を乾かしたものです。勿論、回収する時期を見誤ると焦げてしまいます。クラスの皆が挙って、濡れた靴下や手袋をラジエーターの上に置くものですから、授業中、そこから臭い湯気がユラユラと立ち上ります。しかも、そのすぐ脇に購買の焼きソバパンを置いて温めているツワモノがいました。

やはり、冬は、それなりに寒くなければ、暖かさへの感謝も湧き上がって来ません。

牧師 朝日研一朗

【2015年12月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など