2015年12月21日

馬小屋で生まれて【ルカ2:1〜7】

聖句「彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。」(2:6,7)

1.《厩戸皇子》 『日本書紀』によると、聖徳太子もまた、馬小屋の戸口(厩戸)で母親が産気付いて産み落とされたとされています。9世紀初頭の『上宮聖徳太子伝補闕記』には「受胎告知」まで披露されます。これは、7世紀から3百年に渡って行なわれた遣唐使の余波ではないか。同時期に唐の都、長安で流行した景教(ネストリウス派)のトピックスを、空海をはじめとする留学生が持ち帰ったのではないかと想像したのが、歴史家の久米邦武です。

2.《家畜小屋》 ところが、残念ながらイエスさまは「馬小屋」で生まれていません。「家畜小屋」ですらありません。讃美歌にも「馬槽」と歌われていますが、「飼い葉桶」は馬用ではありませんでした。ユダヤには家畜として馬を飼う習慣はなく、「飼い葉桶」という語の原義からすると、牛を肥やすのが目的でした。家畜は小屋で飼育されていたのではなく、洞窟を利用して家畜を収容していたらしいのです。「飼い葉桶」は木製ではなく、長方形の石灰岩に飼い葉を入れる穴を穿った代物でした。異文化へ移植する中で生じた変質なのです。

3.《洞窟の宿》 イエスさまは「洞窟おじさん」ならぬ「洞窟赤ちゃん」だったのです。思い返せば、その生涯の終わりも、アリマタヤのヨセフによって遺体を引き取られて洞窟に納められるのです。同じヨセフの名を持つ人物が、その生涯の初めと終わりに、迷い悩みながらも勇敢な行動をして、彼を守る点も共通しています。プレゼピオ(降誕人形セット)の創始者とされるアッシジのフランチェスコも、当初は、洞窟の岩棚に藁を敷いて、等身大の蝋人形の幼子を置いて、街の人たちが羊飼いや博士を追体験できるようにしたそうです。私たちが心掛けたいのは「最初のクリスマス」のように迎えることです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:48 | 毎週の講壇から