2016年01月18日

一点一画 one jot or one title その29

一点一画 one jot or one title(続き)
  • 「犬の心臓・運命の卵」(ミハイル・ブルガーコフ著、増本浩子・ヴァレリー・グルチュコ訳、新潮文庫)
    「犬の心臓」は、革命後間もないモスクワ、ある医学者が野良犬に人間の脳下垂体と性器を移植して「新しい人間」を創造しようとしますが、人間としての自我を獲得した結果、どうしようもなく自堕落で卑怯で傲慢な悪漢と化して行く物語です。「運命の卵」は、ある生物学者が生物に成長と繁殖力とを異常に増進させる「赤い光線」を発見しますが、その光線を農産物の増産に利用しようとしたソフホーズ(国営農場)で、巨大なアナコンダやガラガラヘビ、ワニやダチョウの群れが大量発生してしまうのです。人間が喰われて行く描写が、少し意外なくらいに残酷です。アナコンダが中年女を食べる場面では「マーニャの頭は地面からはるか離れた高みにあり、蛇の頭にやさしく寄り添っているように見えた。…それから蛇は顎をはずして口を大きく開き、その頭をマーニャの頭にかぶせた。そしてまるで手袋でもはめるようにマーニャを飲み込み始めた」。保安部員が死ぬ場面では「頭にもう一巻きしたときに頭皮がはがれ、頭蓋骨がメリメリと割れた」。これこそ小説を読む醍醐味です。
  • 「ハザール事典/夢の狩人たちの物語〔男性版〕」(ミロラド・パヴィチ著、工藤幸雄訳、創元社ライブラリー)
    紀元7世紀にカスピ海と黒海の北に栄えたというハザール王国に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を代表する識者が集まり、カガン(君主)の御前宗論が開催されます。最初は、レッシングの『賢者ナータン』のような小説かと勘違いしましたが、とんでもありません。3つの宗教の中で伝承された「ハザール問題の覚書」を合本にした「事典」の体裁を取っていますが、その実、1編1編が怪奇と幻想の世界、それがモザイクのように組み合わされているのです。自らの瞼に、見た者を即死させる魔の文字を記した王女、他人の夢から夢へと渡り歩く「夢の狩人」、原初の人「アダム・カドモン」、自分の口で自分の性器から漏れる精を吸う印刷屋、親指が2本ずつある奥方、修道院で写本を担当するサタン…。些か手に余り、読み終わるまでに、たっぷりと時間を費やしてしまいました。それなのに、まるで長い夢から覚めた後のように、この本について説明しようとすると、途端に要領を得なくなってしまうのでした。
  • 「虫めづる姫君/堤中納言物語」(作者未詳、蜂飼耳訳、光文社古典新訳文庫)
    昔、ダリオ・アルジェントのホラーサスペンス『フェノミナ』を観た時、虫たちと交信するヒロインが出て来て、こりゃあ「虫めづる姫君」じゃないかと思ったものです。ヒロインを演じた(当時)十代半ばのジェニファー・コネリーは、長い髪を振り乱して、脅えてくれて、中々そそるものがありました。こうして現代語訳が出てくれる御蔭で、古典の教養のない私たちも、気楽に物語を楽しむことが出来ます。表題作以外で意外に面白かったのが「思いがけない一夜」(思わぬ方にとまりする少将)と「黒い眉墨」(はいずみ)。前者は、姉妹を取り違えたまま、一夜のアバンチュールを楽しむ2人の貴族の話。後者は、ある男が妻を捨てて、新しい恋人を邸に迎え入れる予定が、追い出した妻の詠んだ哀歌にほだされて、よりを戻してしまう話です。勿論、(通い婚とか)現代のモラルが通用しない平安時代が舞台です。そんな異世界で、男たちの欲望に振り回される女たちの姿が愛惜の情を誘います。とは言え、そんなはかなげな風情に、男たちはまた魅かれてしまうのですが。
  • 「なんでもない一日」(シャーリィ・ジャクソン著、市田泉訳、創元推理文庫)
    これから何が起こるのだろうかと思わせぶりな「スミス夫人の蜜月」、存在そのものの危うさを感じさせる「行方不明の少女」や「逢瀬」、これらはミステリー仕立てですが、推理も謎解きもなく、読者は迷子になってしまいます。古い屋敷の古い絵の中に閉じ込められてしまう「お決まりの話題」、死霊に取り憑かれた田舎屋を描いた「家」も、一応ホラー仕立てでありながら、何かジャンルからハミ出した感があります。匿名の手紙を送り付けて悦に入っている老嬢の心理を見事なまでに綴った「悪の可能性」、クレーマーの中年女がデパート中を右往左往する「メルヴィル夫人の買い物」、この辺りが、ごく普通の人たちの中に潜む悪意を活写して作者の真骨頂でしょう。かと思えば、初めて独りで親戚の家へ向かう少年が列車の中で、警察に追われる女性と交流する「レディとの旅」の爽やかさはどうでしょう。お店への苦情、ご近所との係争、契約上のトラブル、子育てのパニックとか、そんな鬱陶しいことを短編小説にして読ませてしまうところが、この人の凄いところです。
  • 「江戸化物草子」(アダム・カバット編、角川ソフィア文庫)
    十返舎一九の草双紙「妖怪一年草」「化物の娵入」「信有奇怪会」、そして「化皮太鼓伝」(「水滸伝」のパロディ)が収録されていて、その軽さ下らなさは特筆に値します。春英や国芳の画もお下劣で感動的です。女性器や男性器を思わせる妖怪の姿も見られます。古文の授業で、「源氏物語」や「枕草子」「奥の細道」を無理強いするよりも、例えば、小学校時代に、これらの絵物語を読ませたら、どんなにウケルことでしょう。まあ、シモネタ満載なので決して実現しないと思いますが、江戸時代の文章と言うのに、私のような者にも原文翻刻がスラスラと読めてしまい、まるで魔法に掛けられたようでした。この本を読み終えようとした日、水木しげる翁の訃報に接しました。「世界凡て妖ならざるはなし。人若き時、恋聟の美なりしも、忽歯落髪白くなりて、ばくばく祖父と化し、花娵の艶なるも、雛より色黒くなりて、歯抜祖母と変わる」。「化皮太鼓伝」の痛快な前口上です。
posted by 行人坂教会 at 16:22 | 牧師の書斎から