2016年02月08日

荒れ野の旅【申命記8:2〜10】

聖句「あなたの神、主が導かれたこの40年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主は…あなたの心にあること…を知ろうとされた。」(8:2)

1.《信仰の広場》 今年で創立から113年を数えますが、関東大震災による会堂焼失により原簿も失われ、目黒移転や東京大空襲の影響もあり、多くの会員の名前が失われています。しかし、私たちは覚えていなくても、神さまは覚えておられます。かつて在籍した人、少し通った人、一度しか来なかった人もまた、教会の歴史の一部なのです。それこそが「聖なる公同の教会」です。

2.《旅路の果て》 商店なら創業百年を経れば「老舗」と喧伝しますが、教会となると、百年くらいでは自慢できません。東京23区内には、19世紀に創立した教会が数多くあります。また、欧州や中近東、北アフリカには何百年前、千数百年前からの歴史を持つ古い教会が幾らでもあります。教会を教会たらしめるのは建物ではなく、歴史の古さでもありません。私たちの人生が他者の人生と取り替えられないのと同じく、教会の歴史も他教会の歴史と比べることの出来ない、固有の宝を持っているのです。実際、聖書で大切な数字は「百」ではなく「40」です。「40年間」は人生の大半(青壮年期)を意味するのです。

3.《勤続の年数》 挨拶状に「勤続40年で定年退職」の決まり文句があります。イスラエルの指導者、モーセは、民をエジプトから脱出させ、数々の苦難を乗り越えて、40年間、民を導いて来ました。そして漸く「約束の土地」が見えた時、後継者にバトンを渡して、天に召されるのです。キング牧師が暗殺される前日に行なった説教も、このモーセの心境を自らに重ねたものでした。私たちもまた、人生という荒れ野を歩く旅人です。遠くにオアシスが見えますが、そこには辿り着けないかも知れないのです。しかし、誰かが私たちの信仰を受け継いで、進んで行ってくれるのです。それが教会の歩みです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:48 | 毎週の講壇から