2016年03月28日

友として生きる【ヨハネ15:11〜17】

聖句「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行なうならば、あなたがたはわたしの友である。」(15:13,14)

1.《真の友だち》 世の中には「○○の友」と称する雑誌が数多くあります。各百貨店には「友の会」があり、同好の士が集まるサークル「友の会」も各分野にあります。浦沢直樹の『二十世紀少年』では、「ともだち」と名乗る教祖に率いられたカルト教団が登場し、目的のために手段を選ばぬ権謀術数で、日本の政財界を支配下に置きます。阻止しようとする人たちは資金も組織もなく、自らの弱さに悔し涙を流します。しかし、そこに本当の友情のドラマがあるのです。

2.《友だち宣言》 「論語」に「益者三友、損者三友」と言いますが、「自らに益する友を選べ」との処世訓です。ヘブル語にも3つの「友」があります。「馴染む」という動詞から「人生の伴侶」、「付き合う」という動詞から「隣人、社会的な仲間」を表わす語があります。そして最後に「愛する」という動詞から派生した語があります。これがギリシア語の新約聖書では「フィロス」と成ります。イエスさまは弟子たちに、愛の掟を実践するならば、自分たちは「主従関係」ではなく「友だち」であると宣言されました。自分の立場を捨てて、何かの働き掛けをして行くことで、相手との関係性が大きく変化するのです。

3.《友だち甲斐》 ポーズやジェスチュア、社交辞令や美辞麗句ではありません。問題は、私自身が「自分の殻を破る」かどうかに掛かっています。誰でも自分を最優先にしています。つまり、自らを「主」として生きているのです。いつも自分のことばかり考えています。しかし、人は自分のために生きるようには作られていないのです。誰か他の人のために生きるのです。「仕えること」が「愛すること」です。「自分の命を捨てる」とは「自分の命を置く、預ける、脱ぐ」という意味です。それでこそ「友だち甲斐がある」というものです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:49 | 毎週の講壇から