2016年05月23日

聖なる 聖なる 聖なる主よ【イザヤ6:1〜5】

聖句「彼らは互いに呼び交わし、唱えた。『聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地を全て覆う。』」(6:3)

1.《ハリウッド》 東和商事の宣伝部長だった筈見恒夫は「神聖ガルボ帝国」というコピーを作り、女優グレタ・ガルボの近寄り難い美貌を表現しました。「ハリウッド」は「柊林」なのに、「聖林」と漢字を当てたのは明らかな誤訳です。中国人は「好莱塢」「荷里活」と音写します。しかし、戦前の日本人にとって近寄り難い世界という思い故に「聖林」が普及したのでしょう。

2.《聖なるは神》 「聖性」は「分離、聖別」を要求します。聖と俗の領域を区別するのです。神社の境内は聖域なので、本来の仕来たりでは、斎戒沐浴して参拝しなくてはなりません。神殿や寺院、聖堂が山の上にあったり、天に伸びる大伽藍を有していたり、階段を上ったり、お香が焚かれていたりするのも「自己聖化」のための装置なのです。しかし、イエスさまは、当時「汚れた者」とされていた人たちとも盛んに交流し食事を共にされました。聖性を表現しようとする気持ちは分かりますが、人の作ったものは、どこまで行っても聖ではありません。「自己聖化」は欺瞞です。真に聖なるは神さまだけです。

3.《救いたまえ》 「聖なる、聖なる、聖なるかな」は「三聖唱」「聖三祝文」と言われ、三位一体の啓示が完了したことを記念して歌われました。「イザヤ書」6章「セラフィムの唱和」から採られた賛美です。紀元5世紀初め、大地震と余震に悩む市民が十字架行進をすると、少年が天に上げられて、天上でその続きを聴きました。地上に戻った少年の証言から、主のエルサレム入城の際の賛美「ホサナ」を歌うように、主教は指示しました。すると余震が治まったそうです。人間の造った神殿などは「揺れ動き」ます。その時、私たちが神に向かって言うべきことは「ホサナ/救い給え!」の一言だけです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:48 | 毎週の講壇から