2016年07月08日

一点一画 one jot or one title その32

  • 「昭和の女優/官能・エロ映画の時代」(大高宏雄著、鹿砦社)
    以前に観て衝撃を受け、改めて観直してみると、記憶した映像や展開と食い違っている ことがあります。著者も『非行少年/陽の出の叫び』における三条泰子の映像(の記憶) に、その種の錯覚を見出しています。「その微妙な勘違い、否、差異こそ、映画の面白さ であり、映画の秘密を解く鍵であるとさえ言える。とともに、その勘違いのなかに、そ の人なりの映画を観る根源的な意味が含まれていると感じるのである」。「勘違いを飲み 込む見方もまた、映画には許されるであろう。末梢的な細部の描写をDVDで何回も見 て、正確をきす風潮があるが、それだと、同時代に観た映画の大切な魂≠ェ失われて いくこともあるのである」。京マチ子、前田通子、三原葉子、若尾文子、左幸子、加賀ま りこ、春川ますみ、団令子、安田(大楠)道代、渥美マリ、関根恵子(高橋惠子)…。映 画は女優で観るものだと、つくづく再確認します。増村保造監督作品が数多く採り上げ られているのも、私の趣味と一致しています。『赤い天使』『セックス・チェック/第二の 性』『でんきくらげ』『遊び』の論評は、自然、力の入り具合が違って来ているようです。
  • 「HUNTER×HUNTER」第33巻「厄災」(冨樫義博作、集英社)
    長男が「連載では今、クラピカとクロロ(幻影旅団の団長)が戦っているよ」と教えて くれました。しばらくして、続巻コミックスも出たと知り、早速購入しました。それに しても、この文字の多さは何でしょうか、士郎正宗の『攻殻機動隊』に匹敵するでしょ う。その上、この登場人物の多さは何でしょうか。まさか作者は、丸ごと「暗黒大陸」 に連れて行って、全員を虐殺するつもりではないでしょうか。そういう清算の仕方を企 てているのかと邪推したく成ります。本来、主人公であるはずのゴンとキルアを外して いるのも、「キメラアント編」の時のように、後から送り込むつもりなのでしょうか。読 み終えた数日後、長男から情報が入りました。「また、冨樫、休載だってよ」。丁度、テ レビでは、アニメ『美少女戦士セーラームーン』の再放送「ムーンライト伝説」が流れ ていました。「ごめんね 素直じゃなくて…」。
  • 「阿呆の鳥飼」(内田百闥、中公文庫)
    うちの教会の会員の娘さんが表紙カバーの木版画を担当しています。百閧フ小説は随想 のようであり、その随想は小説のようです。「私は小さい時分から小鳥が好きで、色色な 鳥を飼ったり、殺したりしました」という巻頭のさり気ない告白から、胸が疼きます。 人間が生き物を飼うことは、即ち、殺すことに通じるのです。「飼い殺し」と言うくらい です。衰弱する目白や仏法僧を夜通し手の中で温めて介護し、眼を患った柄長の世話を 甲斐甲斐しく焼き、家から飛び立ってしまった河原鶸の行く末を思ってオロオロする、 その愛惜の深さに切なく成ります。しかし、他方、捕らえた鼠に石油を掛けて焼き殺す 話、蛸の頭に刻み煙草のお灸を据えて息絶えさせる話、飼い猫の股を掴んでギュッと泣 かせる話、栗鼠を衝動買いした挙句にボール函に入れたままで死なせてしまう話、酷薄 な懺悔のようなエピソードも満載です。その振幅の激しさは、飼うという営みの本質を よくよく言い表わしているように思います。
  • 「日時計」(シャーリィ・ジャクソン著、渡辺庸子訳、文遊社)
    訳者は「あとがき」で「この物語には友達になりたいと思える人物がひとりも出てきま せん」と断言していますが、私にとっては、主要登場人物全員がごく身近な人たちに思 われたのでした。教会の牧師などという稼業のせいかも知れません。全く違和感がない のです。私にとっては、皆、興味深い、愛すべき人物と思われたのでした。終末を迎え るに当たって、ハロラン家の「お屋敷」が「ノアの箱舟」に成る、そんなお告げを受け て、各々一癖も二癖もある訳ありな人たちが擬似家族を形成しながら、その日に備えて 準備をして行くのです。それは、クリスマスやイースターの準備をしている時(アドベ ントやレント)の教会生活そのものです。加えて、小学生の頃、土曜日の午後、雨戸を 閉めて居間を暗くして、「えび満月」(煎餅)片手に、妹と一緒にテレビの『ウルトラゾ ーン』(『アウター・リミッツ』第2シーズン)を見ていた時の情景が脳裏に蘇えって来ま した。
  • 「プリニウス」第4巻(ヤマザキマリ+とり・みき作、新潮社)
    紀元62年に起こったポンペイ大地震を描いています。ウェスウィウス噴火の可能性を 語るプリニウスに、護衛のフェリクスは「縁起でもない!」と諫めます。「自然が己の力 で動く事の何が縁起が悪いのだ。なぜそうやって自分の命のつごう優先で物事を考えよ うとするのだ?!」と反論するプリニウス。自然の力の前に、人間の作り上げた文明?、 いや、インフラは一瞬にして脆くも潰え去るのです。善でも悪でもなく、これこそが世 の現実です。東日本大震災の時にも「神はいるのか!」と、これ見よがしに無神論的キ ャンペーンがありました。けれども、カタストロフを採り上げて、殊更に神や仏を呪う のは筋違いというものです。ただ、私たちの存在も、私たちの文明も、余りにも卑小で あるという事に尽きるのです。そう言えば、ポッパエアによるブッルスとオクタヴィア の暗殺、謎のユダヤ人の暗躍、呪詛板やキリスト教も登場します。盛り沢山のローマ史 です。
  • 「見た人の怪談集」(岡本綺堂他著、河出文庫)
    鏡花「海異記」、鷗外「蛇」、芥川「妙な話」、佐藤春夫「化物屋敷」の4篇は『日本怪奇 小説傑作集T』(創元推理文庫)で、小泉八雲「日本海に沿うて」、岡本綺堂「停車場の 少女」もどこかで読んでいます。15篇中6篇ですから、3分の1以上が再読だった訳で す。この手のダブリはアンソロジーに付きものですが、それでも、この本の「見た人の…」 という編集意図に脆弱さを感じないではいられません。展開そのものよりも、シニカル な文章が光っていたのが、正宗白鳥「幽霊」です。「大本教でもモルモン宗でも、何でも いいが…肉体を離れて魂魄が無いものなら、基督も釈迦も、お直婆さんやおみき婆さん と同じように痴愚の教えを説いて、幾億万の人間をたぶらかしたのだ」。猟奇的なオチが 控える橘外男「蒲団」、どこか陰惨な印象を残す角田喜久雄「沼垂の女」が私の好みです。 田中貢太郎「竃の中の顔」、大佛次郎「手首」は、古典の味わいの中にも、江戸時代の無 残絵を思わす、独特の残酷趣味が漂っています。
posted by 行人坂教会 at 10:14 | 牧師の書斎から