2016年10月24日

一点一画 one jot or one title その34

  • 「ロルドの恐怖劇場」(アンドレ・ド・ロルド著、平岡敦編訳、ちくま文庫)
    著者は、19世紀末から20世紀初頭、パリのグラン・ギニョル座の台本作家として名を成 した人物です。医者であった父親が何とか家業を継がせようと施した英才教育が裏目に 出て、死体と殺人と狂気の愛好家と成ったそうです。この短編集の殆ど全てに医者が登 場するのは、その署名のようなものです。『怪奇文学大山脈V』で読んだ「最後の拷問」 が別バージョンで入っています。「大山脈」版は義和団事件の北京が舞台でしたが、こち らは革命直前のロシア帝国に設定されています。サイコ犯罪が中心であること、必ず肉 体損壊描写があること、この辺りは現代小説の傾向を先取りしています。埋葬地の樫の 木を夫の生まれ変わりと、未亡人が妄想する「生きている木」は、偶然か、先日の日影 丈吉「歩く木」と同趣向でした。不貞の妻に対して、夫が自らの命を賭して復讐を遂げ る「恐ろしき復讐」と「告白」、何と暗く恨み深い情念であることか。その他、愛する妻 子や親友を助けてやることが出来ず、むざむざ死なせてしまう、後味の悪い展開が多数 収録されています。この異常なまでのバッドエンドの反復は何でしょうか。ショッキン グな挫折感、残酷な絶望感、それを嗜好品とする時代(現代)が到来していたのです。
  • 「日影丈吉/幻影の城館」(日影丈吉著、河出文庫)
    解説によると、日影はローマカトリックの洗礼を受けていたのだそうです。「変身」はク リスマスイヴに働く者の鬱屈した心情が、聖夜を口実に浮かれ騒ぐ異教徒に対する沸沸 と湧き上がる侮蔑を絡めて描写されていて、私などは大いに共感するのです。但し、私 の好みは、ファム・ファタルの登場する作品です。特に「ふかい穴」には『天城越え』の 趣きがあります。全身入れ墨の女「天人おきぬ」が少年の心に終生忘れ得ぬ女性性のイ コンを刻み付けるのです。しかも、彼女を庇おうとした少年の純情と努力が却って仇と 成るのが切ないです。「匂う女」と「異邦の人」では、もう少し成長した少年が登場して、 彼の推理が事件の背景にある女の哀れを照らします。台湾もの「蟻の道」の娼婦ペーを 見詰めるのは、中年に近い男です。ただ、彼女の辿る末路に注がれる眼差しは、「ふかい 穴」「匂う女」の少年たちと同質のように思われます。何とかして女を苦界から救いたい と願いながらも、結局その思いが果たされることはありません。植物との対決を描く「歩 く木」は、ウィンダムの『トリフィド時代』を、山頂の測候所を舞台にした「崩壊」も、 ハマーフィルムの『クォーターマス』シリーズを思い出させます。
  • 「日本武術神妙記」(中里介山著、角川ソフィア文庫)
    『大菩薩峠』の作者、介山は意外や、キリスト教信仰に感化を受け、そのペンネームも 牧師の松村介石から採っているのです。巻頭すぐに、黒澤映画『七人の侍』の勘兵衛の モデルと成った上泉伊勢守の有名なエピソードがあり、巻末近く『雨あがる』の伊兵衛 のモデルと成った山本南竜軒のエピソードが置かれています。千葉周作に勝ち方ではな く死に方を問うた土方某の話もまた、そのヴァリエーションでしょう。藤沢周平の『隠 し剣/鬼の爪』の元ネタも発見しました。岩明均のマンガ『剣の舞』に登場する疋田文 五郎の「それではあしいぞ」、柳生但馬守のみならず山本勘介も打たれていたのですね。 猫の屋根から落ちるのを見て、柔術を極めた関口弥六左衛門の話も、『姿三四郎』から『柔 道一直線』『いなかっぺ大将』までネタにされ続けています。「我が心の剣は活人剣であ るけれども、相手をする人が悪人である時にはそのまま殺人剣となるものでござる」(塚 原卜伝)、「始は易く、中は危くそれを過ぎてはまた危し、始中終の本心が確と備わると きは何の危き所はない」(宮本武蔵)、「仕合をする時は真剣勝負の心ですべきものじゃ」 (高田三之丞)、「礼儀の場に於ても、刀を振うことが無いということはない」(戸田清玄)、 「斬られながらと書かないで、斬らせながらと書かなくてはいけない」(上杉鷹山)、「武 術を修めようとする者は宜敷まず文事からはじめるがよろしい、然る後如何なる難問題 にぶつかっても刃を迎えて自ら説くことが出来、武器の使用もはじめて神妙に至るので ある」(根本武夷)…。けだし名言の宝庫でもあります。
  • 「シュトヘル/悪霊」第13巻(伊藤悠作、小学館)
    モンゴルの捕虜となり、人間の矢楯として使われていた西夏兵たちとの出会いが泣かせ ます。スドーは彼らに文字を教えます。伝えられた文字と言葉は彼らの中に宿り、生き 始めるのです。他方、ユルールはトルイ皇子の配下となり、モンゴル帝国の中で西夏文 字を残そうとします。宿敵であったはずのシュトヘルとハラバルが、行き掛かりから共 闘して、モンゴルの重装騎兵の陣営を強行突破する場面、僅かに13ページ程度ですが、 久々に燃えます。舞台は、いよいよ南宋の成都へと近付きます。シュトヘルの体が弱り 始めていることに気付いたスドーは、自分がシュトヘルの「延命の点滴で、それがなく なれば、結局は長くは保たない」と悟ります。いよいよ終結が迫っているようです。
  • 「アド・アストラ/スキピオとハンニバル」第10巻(カガノミハチ作、集英社)
    「ローマの剣」と称えられた名将、マルケルスの最期から始まります。ハンニバルの弟 ハッシュ(ハスドルバル)がイベリア半島のバクエラでスキピオ軍に敗北(紀元前208 年)、ハンニバルと合流するためアルプス越えをしますが、イタリア半島北部メタウルス 川の戦いで戦死します(紀元前207年)。それにしても、当のハッシュが(平気でヌミ ディアのマシニッサを使い捨てにしたりして)全く感情移入できぬキャラとして描かれ ているため、弟の復讐を誓うハンニバルにも共感が持てません。ともかく、いよいよ物 語はクライマックスです。この4年後、スキピオがアフリカに軍を進めたことで(スキ ピオ・アフリカヌス!)、ハンニバルも本国に召還され、遂に両雄が相見ゆることと成る 訳です。
posted by 行人坂教会 at 23:20 | 牧師の書斎から