2016年12月19日

皆殺しの歌【マタイ2:13〜23】

聖句「ヘロデは…ベツレヘムとその周辺一帯にいた2歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。」(2:16)

1.《デグエジョ》 メキシコには「皆殺しの歌/Degüello」と呼ばれる挽歌の伝統があります。総攻撃の前夜に、トランペットを奏でて、敵軍に殲滅を予告するのです。映画『アラモ』や『リオ・ブラボー』にも流れますし、『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』の決闘に際して流れるのも、そのヴァリエーションです。その哀愁に満ちた曲調は、敵軍への弔いの歌であると共に、自軍兵士に対しても「死を思え」と訴えているのかも知れません。

2.《小羊の屠殺》 「デグエジョ」は「首切り」の意味です。その関連語に「聖なる幼子の虐殺/degollación de los santos inocentes」があります。ヘロデ王の虐殺の犠牲になった幼子たちを記念する祝日で、ローマカトリック諸国では12月28日に守られています。「創世記」22章の「イサクの燔祭」や「出エジプト記」12章の「過越祭の規定」を改めて読み直すと、ベツレヘムの子どもたちが犠牲の小羊として奉げられたのだと思われます。この虐殺事件は史実ではありませんが、福音書の終わりに、イエス御自身が「神の小羊」として十字架に付けられて、私たちの罪の贖いとされることと繋がっているのです。

3.《残酷な世界》 クリスマスは祝いの時、祭りの日です。却って教会が最も地味に見えるくらい、街も施設も商店も華やかに飾り立てられています。勿論、教会としても、主の来臨を心から喜びたいと思いますが、聖書に描かれたクリスマスには、暗闇や貧困、不幸や災難、苦悩や不安、圧政に苦しむ庶民の姿などがちりばめられています。そして「私たちの暮らすこの世界は、子どもを貪り食っている」のです(クレール・ブリセ著『子どもを貪り食う世界』)。この世界は残酷なのです。誰かが犠牲を強いられているのです。クリスマスは全ての人の祭りであるべきです。不幸せな人のためにも、孤独な人、愛する我が子を失った人のためにも、殺された子たちのためにもあるべきです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:46 | 毎週の講壇から