2017年01月09日

借り暮らしもあり得るって【ローマ13:8〜10】

聖句「互いに愛し合うことのほかは、誰に対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。」(13:8)

1.《借り暮らし》 2010年のアニメ映画『借りぐらしのアリエッティ』は、英国の児童文学者、メアリー・ノートンの『床下の小人たち』が原作です。所謂「小人の冒険シリーズ」の1編ですが、原作者は「拝借人/Borrowers」という表現を大切にしています。何でもお金で買って所有し、声高に所有権を主張するのではなく、借り物を工夫して再利用していくのです。

2.《所有と排除》 私たちも「自分の家」「自分の土地」「自分の家族」「自分の人生」と言っていますが、神さまから「与えられたもの」、つまり「授かりもの」「預かりもの」なのです。しばらく借りていて、やがてお返しするものなのです。「借りがある」と訳されている「オフェイロー」には、借金のみならず「負い目、罪」の含みがあります。現代ギリシア語の「借りる/エノイキオ」は「エンオイケオー/その中に住む」と関係があるかも知れません。何十年か昔は、隣近所でお醤油やお砂糖の貸し借りをしていました。お裾分けもしました。私たちは、今や互いに「外に住んでいる」のかも知れません。

3.《愛し合って》 どうしても「借り」と言うと「借金」のイメージが先行してしまいます。米国の結婚式で、新郎新婦への勧告として読まれることが多かったそうですが、新婚家庭に借金の危険を警告していたのかも知れません。しかし、パウロが言いたいのは「誰にも借りや負い目を作るな」ではなくて、愛し合うことの大切さです。愛には「借りがあっても良い」のです。借りがあれば、期間内に返済するのが、私たちの社会の約束事であり秩序です。しかし、愛には負債があってもよいし、返済期限もありません。貸すばかりで損する人がいても、借りるばかりで、返さない人がいても良いのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:52 | 毎週の講壇から