2017年01月29日

非誕生日プレゼント

1.私の好きな季節

1年の中で、私が一番好きな季節が冬です。でも、11月と12月はクリスマスが近付いて来て多忙を極めるので、決して好きではありません。1月も初旬は嫌いです。あの「正月気分」というのが苦手です。クリスマスまで熱心に礼拝に来ていたはずの人たちが、年末年始になると、お寺や神社に鞍替えするのも堪りません。

唯一、お正月の良いところは、東京の人口がごっそり減って、空気が清浄に変わることです。「みんな、このまま永遠に戻って来なければ良いのに…」と独りごちています。

ともかく、結論から申し上げるならば、私の一番好きな季節は、1月中旬から2月上旬までということです。「1月が好きだ」と言えば、大抵「自分の誕生月だからでしょう」と返されるのですが、断じて、そうではありません。

私の誕生日は1月3日で、この日を愛おしく思ったことは一度もありません。「おせち料理の残飯の日」なのです。もとより「おせち料理」等に何の愛着もありませんが、その残り滓を処分しなければならないのです。それが私の誕生日でした。ですから、むしろ、私が好きなのは、自分の誕生日が終わってから始まる、寒々しい今の季節なのです。

2.誕生日じゃない

そんな捻くれ者の私が、小学校の時に見て熱狂した映画があります。1951年のディズニーのアニメ映画『不思議の国のアリス』(Alice in Wonderland)です。ウォルト・ディズニーの作品の中では「野心的だが失敗作」との烙印を押された、所謂「呪われた映画」の1本ですが、世間の評価などは、この際どうでも良いのです。

「狂ったお茶会/A Mad Tea-Party」に、アリスが出席する場面があります。そのお茶会を主催するのは、頭の狂った「帽子屋/Hatter」です。テーブルに就いているのは、この変質者の他に「三月兎/March hare」と「ネムリ鼠/ヤマネ/Dormouse」です。このお茶会にアリスが加わります。ディズニー版では、ここで「お誕生日じゃない日のうた/非誕生日の歌/Unbirthday Song」が登場します。

「誕生日は1年に1度きり/そうとも、たったの1回さ/でも、生まれない日は364日ってことは/年がら年中お祭りだ!万歳!」等という内容の歌なのです。歌の中で、何度も何度も「生まれない日おめでとう!/a very merry Unbirthday to You」と繰り返されるのです。観た当時「我が意を得たり!」と大いに感動したものです。

私の観た吹き替え版では、確かに「生まれない日おめでとう!」と言っていたと思うのですが、最近の吹き替えでは「なんでもない日」に変わっていると聞きました。そう言えば、この翻訳の変更が原因と成って、大きな物議を醸したことがありました。2015年8月9日の事件です。その日「ディズニージャパン」の公式ツイッターに「なんでもない日おめでとう!」という文章が出たのです。しかし、その日は「なんでもない日」等ではなくて、長崎に原爆が投下された「原爆忌」の日だったのです。しかも、「ディズニージャパン」は米国法人の子会社、現地法人です。当然、抗議が殺到して炎上。「ディズニージャパン」は即日午後には削除、夜には謝罪がツイートされたのでした。

「なんでもない日」等という下らない意訳をしたのが運の尽きでした。

3.落ちて割れる卵

しかしながら、ルイス・キャロルの原作『不思議の国のアリス』を読んでみると、お茶会では、ひたすら言葉遊びとナゾナゾの応酬があるばかりで、「生まれない日おめでとう!」等という言葉は出て来ません。

実は、これが出て来るのは続編の『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass)の方なのでした。高い塀の上に座っている卵の形をした奇怪な人物「ハンプティ・ダンプティ/Humpty Dumpty」(日本語で言えば「ずんぐりむっくり」でしようかね)、この奇人が自分の着けているネクタイは「非誕生日プレゼント/Unbirthday present」だと、アリスに説明するのです。「誕生日のプレゼントは、1年に1回だけ。でも、非誕生日プレゼントは365マイナス1で、364回も貰えるから、ズッとお得」と言うのです。

「ハンプティ・ダンプティ」と言えば、「マザー・グース」の童謡が有名です。「ハンプティ・ダンプティが塀の上に座った/ハンプティ・ダンプティが落っこちた/王様のお馬と家来が皆かかりっきりになっても/ハンプティを元には戻せなかった」。

「王様のお馬と家来が皆」の部分は「All the king’s horses,all the king’s men」です。米国には、この歌の一節から題名を採った『すべて王の臣』(All the King’s Men)という政治小説があり、2度も映画化(1949年、2006年)されています。理想に燃えて州知事になった男が、政治の権謀術数の中で自分を見失って行く物語です。

ニクソン大統領を辞任に追い込む結果となる「ウォーターゲート事件」を暴いた2人の新聞記者の活躍を描いたのが、1976年の『大統領の陰謀』という映画です。原題は「すべて大統領の家臣/All the President’s Men」という傑作なモジリでした。三谷幸喜脚本のテレビシリーズ『古畑任三郎』(1994年)の最終話が「すべて閣下の仕業」という題名でした。恐らく、あれも「All the King’s Men」のモジリだったのでしょう。

「落っこちた卵は、もう二度と元に戻らない」のです。きっと割れてしまうはずです。その「割れちゃった卵」が王様や閣下や大統領などの権力や地位であれば、こちらは一向に構わないのですが、地球そのものであったりすると困ります。トランプ大統領就任式のニュースを見ながら、環境破壊と自然災害、国家エゴと人種差別、各地の紛争や戦争の火種に成るかも…と暗澹たる気持ちになりました。これこそ「アメリカ帝国の滅亡」でしょうか。

牧師 朝日研一朗

【2017年2月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など