2017年01月30日

身を起こし頭を上げよ【ルカ21:25〜28】

聖句「このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」(21:28)

1.《世界終末時計》 先日、米国の科学雑誌「原子力科学者会報」の「世界終末時計/Doomsday clock」が「人類滅亡まで2分半」という残り時間を発表して、人類に危機を警告しました。しかし「ドゥームズデイ/運命の日」を予告することで不安を煽り、それに付け込むカルトも数多く存在します。また、世界の滅亡を願う「黒い心の人々」(大江健三郎『個人的な体験』)もいるのです。

2.《世を見下げる》 果たして「黒い心」を持っていない人など存在するでしょうか。「世の終わりが来て、人類は滅亡する」「救われるためには…しなければならない」という信仰はキリスト教会の中にもあります。「救われるためには?」の問いに、普通「悔い改めて福音を信じなさい」と勧めます。その心は「私たちには何も出来ない、救いは神の一方的な恩寵」なのです。しかし、教会生活をしていると、「救われた者として相応しく…しなさい」との要求が重なると、逆回転して、それが救われるための条件となります。そして遂には、条件を満たしていない周囲の人たちを裁き、見下し始めるようになるのです。

3.《天を見上げる》 もしもキリスト者が世を見下すならば、「神は世を愛された」「その独り子をお与えになったほどに」という神の御心、福音の本質に反することです。むしろ「黒い心」を宿した存在なればこそ、ひたすら天を仰ぎ、滅びの時には「共に滅ぼされても仕方がない」と覚悟する謙遜さを持ちたい。世の終わりが近付くと、天変地異が起こって、誰もがパニックに成ると言います。私たちも同じです。しかし、その時こそ「解放の時」、自由になる時だと、主は仰るのです。「体を起こす」「頭を上げる」とは「希望のしるし」です。溺れるのではなく、主を見上げましょう。そこに、私たちの希望があります。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:48 | 毎週の講壇から