2017年02月14日

旭日亭菜単 (続き)その36

  • 「人形/デュ・モーリア傑作集」(ダフネ・デュ・モーリア著、務台夏子訳、創元推理文庫)
    やはり、自分の職業柄か、全14編中、最も記憶に残るのは「いざ、父なる神に」と「天使ら、大天使らとともに」の2編です。いずれも、権力志向の強い俗物牧師、ホラウェイの物語です。金持ちや上流階級に上手に取り入る一方、自分の利益にならぬと見るや、悩む人を見捨て、貧しい人を見捨てる最悪の人間です。しかも、自分の讃美歌の歌声に酔い痴れ、自分の説教に会衆が心動かされているのを見て悦に入っているのです。同業者として嫌悪感を抱かせる半面、どこからしら共感してしまう自分が恐ろしい。ホラウェイ牧師の陰画と言えるでしょう、「メイジー」には、娼婦が「こんなに讃美歌が好きなのに、どうして教会の中へ入れて貰えないのだろう」と嘆く場面が用意されています。巻末の「笠貝」は、ヒロインの独白を通して、その本性が少しずつ明らかにされていくのですが、それはさながら、関わった人たちの栄養を吸い上げる寄生虫なのです。独白スタイルだからこそ、読者は震撼させられるのです。彼氏から届く手紙だけで、男女関係の変質を描き切る「そして手紙は冷たくなった」も斬新です。人間の内奥に渦巻く悪意を描かせたら、デュ・モーリアはシャーリイ・ジャクソンと双璧です。
  • 「『雲』の楽しみ方」(ギャヴィン・プレイター・ピニー著、桃井緑美子訳、河出文庫)
    「もしもくる日もくる日も青一色の空ばかりだったら、人生は退屈でしょう。…雲は天気の顔です。雲はみずからの気持ちを表現し、目に見えない気流の状態を教えてくれるのです。そして…雲は大自然の紡ぎ出す詩だ」。そんな風に演説してしまう著者は、「雲を愛でる会」の設立者。空の雲に目を留めようともしない青空至上主義者たちに敢然と立ち向かいます。雲の分類は、私の興味外でしたが、雲に挑んだ人たちの物語には興奮させられました。米空軍パイロット、ウィリアム・ランキン中佐は、ジェット戦闘機の故障から、止む無く積乱雲の中をパラシュート降下して奇跡的に生還します。米国の化学者ラングミュアとシェファーは「雲の種まき」と称して、人工降雨をはじめとする気象コントロールを試みます。その他、コンスタンティヌス帝が天空に目撃した神のメッセージが何であったかという分析も必読です。飛行機雲が地球温暖化の大きな要因であることも初めて知りました。しかし、何と言っても圧巻は、豪州のモーニンググローリーでのグライディングに初めて挑戦したホワイトとトンプソンです。
  • 「処刑人」(シャーリイ・ジャクソン著、市田泉訳、創元推理文庫)
    読了後「また、まんまとやられた!」と思うはずです。終盤に展開される夜の道行は『ウルトラQ』第25話「悪魔っ子」を思い出しました。催眠術を多用した結果、幽体離脱を繰り返すようになってしまった奇術団の子役、リリーの物語です。「人工的な明りが消えたあとの人工的な暗闇とは違っていた。自然の光が去っていくと同時に訪れる自然の深い闇だ」。そのように語られるのは、モノクロ映像で描く夜の情景に近いと思います。人里離れた夜の世界でありながら、どこか白昼の悪夢のような感覚が付き纏っています。幻覚にも似たエスケープが始まるのが、ヒロイン、ナタリーが実家に帰省して、自分の居場所がどこにもないことを再確認してからの展開であったということが重要です。元より女子大にも学生寮にも、彼女の居場所はありませんでした。現実の社会や人間関係から遊離していることが、彼女の幻想の病因ですが、しかし、こちらの現実がそんなに確かなものかと言えば、そうではなくて、私たちが営む生活も、色々なフィクションの上に成り立っているに過ぎないのです。ただ、そのフィクションを大多数の人間が「現実」として合意することで、辛うじて成り立っているのです。
  • 「AV出演を強要された彼女たち」(宮本節子著、ちくま新書)
    「ポルノ被害と性暴力を考える会/People Against Pornography and Sexual Violence」、略して「PAPS」の世話人と成った著者。彼女はソーシャルワーカーとして、長年活動する中から、自らの務めを、問題に直面し、困難を抱えた様々な人たちの「伴走者」と位置付けています。ここでも、スカウトの罠にはまり、AV産業の暴力的システムの中に飲み込まれ、必死で助けを求める女性たちに寄り添いながら「伴走」しています。勧誘から契約に持ち込み、雑誌グラビアや着エロ動画の撮影、遂にはAV本番に至る訳ですが、女の子が勧誘に乗ったが最後、もう後戻り出来ない手法は凄い。単なる詐欺ではなく、カルトの方法論が使われていると確信します。助けを求めて来て彼女たちが、それでも尚、スカウトやプロダクションの人を「良い人」と信じ続けている辺りも、カルトと同じです。そう言えば、私が毎月聖書研究会を担当しているYMCAの某学舎には、中国や韓国から来た留学生もいるのですが、彼らは一様に「自分らの国には、日本に来れば、AVのような世界が待っていると思い込んでいる若者が多い」と言っていました。我が国は、ポルノ映像・画像のアジア最大の発信国なのです。
  • 「詩人と狂人たち」(ギルバート・キース・チェスタートン著、南條竹則訳、創元推理文庫)
    ローマカトリック信者のチェスタートンだけに、プロテスタント教会に対する悪口が随所にちりばめられています。「鱶の餌」の元宣教師のブーン氏や、「ガブリエル・ゲイルの犯罪」のソーンダース牧師の造形などは、プロテスタント信仰の戯画化と言えましょう。それはともかく、主人公の詩人探偵ゲイルは、詩人であるが故に、狂人たち(lunatics)に対して、魂の奥深くで共鳴することで、結果的に犯罪を暴くことに成るのです。「狂人」と言うより「取り憑かれた人」と言うべきかも知れません。今なら一種の「サイコダイバー」です。その意味で、本作が国書刊行会「世界幻想文学大系」に収められていたという事実は興味深いものです。凡そ論理的な展開とは思えないので、普通の推理を期待すると戸惑うことでしょう。斯く申す私も、第2話「黄色い鳥」の結末を見た所で漸く、詩人探偵の観察力と推理力(と言うか、その個性)に順応したくらいです。楽しみ始めたのは、第6話「孔雀の家」あたりでしょうか。変人の多い探偵の中でも、その変てこ度において、かなり上位に食い込むキャラクターです。しかも、この連作集、探偵自身の恋愛小説とも成っているのですからオドロキです。
posted by 行人坂教会 at 22:44 | 牧師の書斎から