2017年05月08日

教会に隠された宝が…?【マタイ13:44〜50】

聖句「畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠して置き、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」(13:44)

1.《聖ロレンツォの夜》 イタリアのトスカーナ地方では、聖ロレンツォの聖日(8月11日)夜の流れ星に、愛する人のことを思って願い事をすると叶うと言います。その流れ星は「聖ロレンツォの涙」と呼ばれています。その日は、ローマのラウレンティウス(聖ラウレンチオ助祭)の殉教日とされています。人々は彼の殉教の苦しみを偲びつつ、願い事も託したのです。

2.《聖ロレンツォの涙》 3世紀前半、ローマ教皇に使える筆頭執事に取り立てられたラウレンティスは教会の財務を担当していました。しかし、皇帝の迫害により教皇が斬首され、難を逃れたラウレンティウスも、教会財産を皇帝に差し出すように命じられます。ラウレンティウスは、体の不自由な人たち、病気の人たち、貧しい人たち、年老いた人たちを大勢伴って、皇帝の前に行き、「この人たちこそが教会の宝です」と訴えるのです。『黄金伝説』によると、「この人たちの手が、宝を天国に運んで行く」という言葉もあります。「宝/テサウロス」とは古代の「貯金箱」で、持ち主が地中に隠して置くのが常でした。

3.《宝物を受け継ぐ人》 「畑に宝が隠されている」のを発見した人は小作人の農夫です。その喜びは彼に「持ち物をすっかり売り払う」という人生の大転換をもたらします。「宝」は畑の収穫物(業績)とは無関係です。私たちは業績に価値があると勘違いしていますが、それは人間の価値付けに過ぎません。やがて朽ち果てるか燃える炉に投げ込まれるのです。折角、父親が畑に宝を隠していたのに、それに気付かぬまま、相続した畑を売ってしまった馬鹿息子の話として読むことも出来ます。私たちが生きて行くために大切なのは何でしょうか。業績や貨幣価値とは異なる人生の価値を、若い世代に伝えて参りましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:51 | 毎週の講壇から