2017年09月18日

大切なあなたに【イザヤ 43:1〜7】

聖句「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。」(43:4)

1.《何度も同じ話》 さだまさし作詞作曲の「秋桜(コスモス)」の一節に「何度も同じ話くりかえす/ひとり言みたいに小さな声で」とあります。同じ話を繰り返すのは高齢者の特徴です。私たちは「また同じ話!」と叱ったり、認知症の記銘力障害と混同したりします。しかし、人生の秋から冬へと向かう老年期の人間は過去を顧みることで、自らの人生の意味と価値とを再確認して、そこに安堵と励ましとを見出しているのです。これを吟味と言います。

2.《尊厳と栄光と》 「協会訳」や「新改訳」は「尊い」と漢字を当てています。「貴族の貴さ」ではなくて「尊厳の尊さ」です。この文字は手に酒樽を抱えて、神仏に奉げる姿勢を意味します。本来、神仏に対して用いるべき文字なのです。しかし、聖書では、人間は「神の似姿」に造られ、「神は、その独り子をお与えになった程に」世の人を愛されたと言います。それが人間の尊厳なのです。「尊い/ニケバド」は「重んじられる」というヘブル語で、「カーボード/神の栄光」と同根です。「栄光」は神の臨在を示します。神にも等しい尊厳と、臨在の栄光を、あなたに与えられたのです。それが神の愛なのです。

3.《ケースワーク》 お題目のように「人間の尊厳」が唱えられますが、それは自明でも普遍でもないのです。障碍者や高齢者に対する虐待や虐殺事件が起こる背景には、恐らく「尊厳」の形骸化があります。心が入っていないのです。米国の社会福祉学者、バイステックが「ケースワーク」という語を造りました。相談者に決してレッテル貼りをせず、その人固有の尊厳に、どこまでも向き合って行くのです。彼はイエズス会の司祭でした。「人間の尊厳」という価値観は、造り主が我らに与えたという聖書の信仰が原点です。自分の存在意義を見失った人にも「あなたは大切」と言って下さるのが、私たちの神さまです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:52 | 毎週の講壇から