2017年10月29日

収穫の主に願いを

1.収穫感謝

日本基督教団では、11月第4主日を「収穫感謝日」として礼拝を守っています。「詩編」67編8節が「大地は作物を実らせました。/神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。」と歌っているのは「収穫感謝祭の歌」とされています。

ユダヤ教の収穫感謝祭は、春と秋、年に2回ありました。従って、ヘブル語の「収穫」という語も2つあるのです。「カーツィール」は「刈り入れ」、麦の収穫を意味します。「バーツィール」は「摘み取り」、葡萄の収穫を意味します。

4月中旬に大麦の刈り入れが始まり、レンズ豆、スパイスに使うクロタネ草(Nigella)を収穫、その2〜3週間後に小麦、スペルタ麦と続きます。同じパレスチナ地方でも収穫の時期は地域によって差があり(桜前線みたい)、温暖なエリコ付近では、4月に大麦の刈り入れが始まりますが、地中海沿岸地方では1週間遅れ、丘陵地帯では更に1週間遅れで行なわれたそうです。結局、地域による適時の違いから、大麦刈り入れから小麦刈り入れまで、全収穫が完了するのに7週間かかったそうです。

それで収穫の鎌収めの祭りを「七週祭」と呼ぶように成ったようです。ヘレニズム時代には「ペンテコステ/五旬祭」と呼ばれます。「過越祭」の日曜日から数えて50日目の日曜日に当たるからです。こうして旧約聖書の「七週祭」は、新約聖書では「五旬祭」と呼ばれるように成り、私たちは今も「ペンテコステ」を祝っているのです。

それに対して、葡萄や無花果の摘み取りが終わった後に、古代のイスラエル人は「仮庵祭」を祝いました。秋分の日に近い満月の日(9月中旬から10月中旬の間)に始まり、それから1週間続く「秋の収穫祭」です。

2.建国神話

「収穫感謝日」は国や地域によって異なります。収穫の作物と時期が異なるからです。スイスの改革派教会では9月に「Herbst-Communion/収穫の愛餐」が祝われています。ドイツ福音主義教会では、9月29日の「聖ミカエルの日」の後の日曜日が「収穫感謝日」とされています。英国では8月1日に「Lammas Day/ラマスの日」が祝われます。「ラマス」とは「laof mass/一塊のパンのミサ」の事です。

さて、米国では「収穫祭」を、11月の第4木曜日に祝っています。各家庭で七面鳥を料理して食べるので「Turkey Day/七面鳥の日」と言われています。

米国民は、メイフラワー号に乗って北米大陸に入植した最初の清教徒(ピューリタン)たちを「ピルグリム・ファーザーズ/Pilgrim Fathers」と呼んで「国父」のように記念しています。どうして「ピルグリム/巡礼者、旅人、放浪者」なのかと言えば、上陸から10年後、プリマスに入植地を作り、2代目の知事と成ったウィリアム・ブラッドフォードが、自分たちの仲間を記念して、そのように呼んだからです。

「ヘブライ人への手紙」11章13節「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表わしたのです」。ここで「仮住まいの者」と訳されているのが「pilgrims」です。この聖書からの引用だったのです。

1620年、清教徒たちが北米大陸に入植した冬は大寒波で、寒さと飢えのために半数以上の人が死んだと言われています。しかしながら、近隣の先住民、ワンパノアグ族からトウモロコシ等の栽培の仕方を教えて貰い、翌年の秋には豊作でした。そこで先住民を招いて、神の恵みに感謝して、共に御馳走を頂きました。これが「収穫祭/Thanksgiving Day」の始まりとされる、白人たちの「建国神話」です。日本のプロテスタント教会が11月第4日曜日を「収穫感謝日」としているのも、この米国の風習を受け継いでいるのです。

3.断腸の念

感動的な「建国神話」の「収穫祭」も、先住民の側から見ると「噴飯物」です。ワンパノアグ族の末裔は「感謝祭」の日に、先住民諸部族に呼び掛けて「全米哀悼の日」を開催しています。喪服を着て、虐殺された先祖たちに祈りを奉げているのです。

入植者たちは(土地所有の概念を持たない)先住民の土地を奪って、入植地を拡げて、ワンパノアグ族の度重なる抗議にも拘わらず、森林を伐採し、猟場を奪い、伝染病を蔓延させました。遂には、先住民を殺したり、女子どもを捕らえて奴隷商人に売り飛ばすように成りました。ワンパノアグ族が入植地を攻撃をすると、入植者たちはモホーク族やモヒカン族に彼らを攻撃させて、ワンパノアグ族を虐殺させました。これを「フィリップ王戦争」(1675年)と言います。ワンパノアグ族の酋長メタコメットを、白人は「フィリップ王」と呼んでいたからです。古代マケドニア王国のフィリポス2世から付けた仇名とされています。恐らく、からかって冗談半分に付けたのでしょう。

米国「建国神話」の裏面を思うことで、私は聖書の一節を思い出しました。「マタイによる福音書」9章36節「(イエスは)群集が飼い主のいない羊のように打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」。「深く憐れまれた/エスプランクニステー」は「はらわた/スプランクノン」です。「断腸の思い」、痛切な悲しみです。そして、主は弟子たちに言われます。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」。イエスさまの仰る「収穫」は「打ちひしがれた」大勢の人たちです。神さまは「終わりの日」に、この人たちを迎え入れて下さるのです。

この世の収穫(成功)を求めて働く人は多いのですが、神の国の収穫(救済)のために働く人は少ないのです。それ故、私たちは「収穫の主」に祈らざるを得ないのです。

牧師 朝日研一朗

【2017年11月の月報より】

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