2017年11月26日

サンタ解体新書

1.クリスマスホラー

ホラー映画ファンにとっては、『聖し血の夜』(1974年)、『サンタが殺しにやって来る』(1980年)、『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』(1984年)の3作が、クリスマスの定番メニューです。

『聖し血の夜』(再ソフト化に際して『ブラッディ✛ナイト/聖し血の夜』と改題)は、知る人ぞ知るカルト映画です。本来「暗い満月の夜/Night of the Dark Full Moon」という、結構、凝った原題だったのです。よく見ると「満月/full moon」と「晦日(みそか)、月隠(つごもり)/dark moon」)」を掛け合わせてあるのです(それならば「大月隠(おおつごもり)」ということでしょうか…)。しかし、本国でも「聖し血の夜/Silent Night,Bloody Night」という「きよしこの夜」のパロディに改題されてしまいました。

題名が変えられてしまうのは、この類いの低予算ホラーの宿命のようで、『サンタが殺しにやって来る』も同じ運命を辿っています。邦題の通り、サンタクロースの衣装に身を包んだ殺人鬼が、良い子にはプレゼントを渡しつつ、悪い大人たちを惨殺して回る、『13日の金曜日』と同じような(公開年も同じ)スラッシャー映画です。これも原題は「気を付けた方がいいよ/You Better Watch Out」だったのですが、「クリスマスの悪魔/Christmas Evil」と改題されました。

これらクリスマスホラーの決定打と成ったのが『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』でした。「ポスターやテレビCMを見た子どもたちが、サンタクロースに脅えるようになった」と、全米のPTA団体から抗議が殺到し、NYでは上映反対運動まで巻き起こったのですが、皮肉なことには、その御陰で、シリーズが第5作まで作られる程の、意外なヒット作と成ったのです。原題は「Silent Night,Deadly Night/聖し死の夜」でした。そして、この作品のヒットの御陰で、例の『聖し血の夜』も(改題されて)陽の目を見たという訳です。

2.サンタとなまはげ

『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』のポスターは、サンタクロースの衣装を着た何者かが、雪の積もった屋根の上、煉瓦造りの煙突から民家に侵入しようとしている絵柄です。右手には「惨殺の斧」が握られていて、「死の夜/Deadly Night」の赤い文字からは血が滴っています。日本の毒々しいポスターを見慣れている私たちとしては、こんなデザインのどこが、そんなに子どもたちを脅えさせたのかと思います。

そう言えば、秋田県の「なまはげ」も出刃包丁を手にしています。あれは、冬に働かないで、囲炉裏に当たって怠けてばかりいる、子どもや初嫁の手足に「なもみ」と言われる低温火傷が出来るそうで、それを剝ぎ取るために包丁(あるいは鉈(なた)、もしくは御幣の付いた杖)と桶(勿論「なもみ」を入れる)を持って、家々を回っているのだそうです。「なもみ」を「剝ぐ」から「なまはげ」なのだそうです。

サンタのモデルは、言うまでもなく、3世紀の小アジアはミュラの司教、聖ニコラウスです。しかし、モデルは1つではありません。様々な要素が入り混じっているのです。もう1つは「冬親爺」=「ヘル・ヴィンテル/Herr Winter」です。ヴァイキングが一族の誰か1人に、冬を擬人化した人物を演じさせ、それを丁重に持て成すことで、厳しい冬に挨拶をして、冬を懐柔しようとしたのです。「冬親爺」は、フード付きのコートを羽織り、頭に蠟燭を灯した柊の冠を被っています。これが後に、ドイツで「クリスマス親爺」=「ヴァイナハツマン/Weihnachtsmann」と呼ばれるように成ります。サンタクロースのことを、英国人が「ファーザー・クリスマス/Father Christmas」、フランス人が「ペール・ノエル/Père Noël」と呼ぶのも、恐らく、同じ「冬親爺」の流れを汲むからでは無いでしょうか。

他にも様々な要素が入り交じっています。「ペルヒタ/Perchta」(独)は角のある仮面を付けた怪物で、日本の獅子舞を思わせます。女サンタである「ベファーナ/Befana」(伊)や「バブーシュカ/Babushka」(露)は箒に乗って空を飛び、煙突から民家に侵入します。サンタの従者と言えば、日本ではトナカイだけですが、「黒いピート/Zwarte Piet」(蘭、白)や「鞭打ち爺さん/Le Père Fouettard」(仏)は悪い子を殴りますし、半獣半人の「クランプス/Krampusz」(独、洪)は人の顔に煤を塗り付けます。

『悪魔のサンタクロース』のポスターに、全米の子どもたちが恐怖したのは、もしかしたら、彼らの潜在意識の中にある、これら「黒いサンタクロース」の禍々しい記憶を呼び覚ましたからでは無いでしょうか。

3.クリスマスの親爺

1983年の大島渚監督作品『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr.Lawrence)を御覧になった方は、酒に酔ったハラ軍曹(ビートたけし)が「クリスマスの祝いだ」とばかり、勝手に営倉(懲罰房)入りの捕虜、ロレンス(トム・コンティ)とセリエ(デイヴィッド・ボウイ)を出してしまう場面を覚えて居られるでしょう。

「ロレンスさん、ファーゼル・クリースマス、知っていますか? 今夜、私がファーゼル・クリースマス」と言うのです。原作はローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』。戦時下のジャワ島の日本軍の捕虜収容所を舞台にした小説です。私の手元にある「ペンギン」のペーパーバックを開くと「Fazeru Kurīsumasu」と綴られています。

既に明治40年代には、「サンタクロース」という名称が日本の一般社会で使われていました。にも拘わらず、大正生まれ(多分)のハラ軍曹が「ファーザー・クリスマス」と言うのです。ここから、もしや彼は聖公会系の教会の日曜学校に(あるいは、クリスマス会に)一度くらい行ったことがあったかも知れない、そんなことを私は妄想してしまうのでした。

牧師 朝日研一朗

【2017年12月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など