2017年12月18日

飼い葉桶に一本の藁を【ルカ2:1〜7】

聖句「…マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(2:6,7)

1.《洞窟と石灰岩の桶》 「飼い葉桶」と言うと、私たちは木製の桶を想像してしまいますが、イエスさまが寝かされたのは石灰岩に掘られた代物だったようです。同じように「飼い葉桶」と言われるので、誰もが「家畜小屋」を想像してしまいますが、家畜は洞窟に入れたようです。新約外典「ヤコブ原福音書」にも、ヨセフとマリアが「洞窟」に泊まり、出産する描写があります。

2.《発酵させた飼い葉》 新約聖書には「飼い葉桶」はありますが「飼い葉」は出て来ません。旧約聖書「イザヤ書」30章には「発酵させた飼い葉/ベリール・ハーミーツ」が出て来ます。農業には無駄がありません。打穀後、麦粒を選り分けた後に残る茎や籾殻に、圧搾後の葡萄の皮を混ぜて酢酸発酵させたのです。家畜に与える最上級の飼料なのです。佐々木倫子のマンガ『動物のお医者さん』にも、刈り取った牧草を乳酸発酵させる「サイレージ」が出て来ます。このようなことを考えて、改めて降誕場面を思い浮かべると、仄かに甘酸っぱいワインビネガーの香りのする飼い葉がイメージされませんか。

3.《藁屑を飼い葉桶に》 片柳弘史神父がマザー・テレサの下でボランティアをした体験を語って居られます。マザーはボランティアたちに、空っぽの飼い葉桶を指し示して、何かを犠牲にする度に、藁を1本ずつ入れて、クリスマスに備えよと言います。クリスマスのミサの時には、飼い葉桶に藁が満たされ、参加者の心にも広い空間が生まれていたそうです。「藁」は「空しさ/ウァーニタース」の象徴です。私たちは自分の心と頭とを「虚栄」という「空しい」「藁屑」で一杯にしているのです。けれども、そんな藁屑も1本ずつでも奉げていけば、イエスさまをお迎えするための「飼い葉」に変わっているのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:52 | 毎週の講壇から