2018年01月08日

折が良くても悪くても【Uテモテ4:1〜5】

聖句「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。」(4:2)

1.《牧師館殺人事件》 アガサ・クリスティの「ミス・マープル物」第1作ですが、この推理小説の御蔭で、牧師は中世ヨーロッパの荘園領主のような屋敷に住んでいるかのような印象を与えてしまいました。日本の牧師の住まいの現実は「牧師宿舎」と呼ぶのが相応しいと思います。因みに『牧師館殺人事件』の翻訳者の1人には、牧師の子として生まれ育った中村妙子も居られます。

2.《都合の良し悪し》 所謂「牧師館」に訪ねて来られる人の中には、所用の会員や教友のみならず、飛び込みの相談者もあります。牧師も生活者ですから、都合の悪い時もあります。その時、脳裏を掠めるのは「どんな場合にも」「良き音ずれをもたらす者」として「自分の務めを果たしなさい」と勧める、この聖書の段落です。これまでは専ら、私の側の「都合の良し悪し」や「便不便」に関係なく「福音を宣べ伝えなさい」という内省的な勧めとして語られて来ましたが、それは余りに限定的ではないでしょうか。「折」と訳された「カイロス/時」は、量的な時間(クロノス)ではなく、神が与えられるチャンスです。

3.《時代と共にある》 時計の針が文字盤に刻む時ではなく、私たちの魂に刻まれた時なのです。故に永遠と繋がる「霊的な時間」でもあるのです。但し、聖書の神は、人間の歴史に生きて働かれます。この時代と無関係ではありません。私たちが生きる時代も、神からチャレンジとして与えられたものです。「御言葉」はキリスト・イエス、「励みなさい」は「傍らに立つ、先頭に立つ、歩み寄る」です。悩む人の側に立つ主の御姿、時代の先頭に立ち、時代状況に歩み寄るのです。勿論、時流に上手く乗るとか、時代に迎合するとかの意味ではありません。時に誤りを指摘したり、時に慰め励ます。これが私たちの役割です。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 18:54 | 毎週の講壇から