2018年02月19日

みんな笑った【ヨハネ13:31〜35】

聖句「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(13:34)

1.《ユニバーサル》 高橋優の「福笑い」(2011年)は「きっとこの世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔だと思う」と歌っています。彼はNYタイムズ誌に、このメッセージ公告を出して、NYで路上ライヴを敢行しました。「共通言語」を「common language」ではなくて「universal language」と訳していました。彼は「英語の通用性」ではなく「笑顔の普遍性」を言いたかったのです。

2.《エスペラント》 19世紀にユダヤ系ポーランド人のザメンホフ博士が「普遍的言語」を創案しました。4つの民族が暮らす街に育ち、争いが絶えないのを見て育ったザメンホフは、共通言語による対話と相互理解を願ったのです。母語に成り代わるのではなく、飽く迄も補助言語です。エスペラントが「野望の言語」ではなく「希望の言語」と言われる所以です。言語は暴力的な面があります。言語は私たちに新しい観念や価値観を与えて解放してくれる反面、力によって文化や感性を奪い、一方的に価値を押し付けて来るのです。その点、信仰とも似ています。「バベルの塔」が解放の物語でもあったことを忘れてはなりません。

3.《心に微笑みを》 聖書に「笑顔」を探してみましたが、余り良いものとして扱われていません。イサクの誕生を予告されたアブラハムとサラは、神の御告げを嘲笑います。福音書を見ても、イエスさまが「笑った」とは書いてありません。その結果、キリスト教会は笑いを抑圧する結果と成ったのです。でも、私たちの心に描くイエスさまは、いつも微笑んで居られます。「あなたがたを愛している」と仰る主は、暖かな笑顔に溢れています。笑顔が共通言語であるのと同じく、「互いに愛し合いなさい」の福音もまた、共通言語です。何かを押し付けなくても、誰かを支配して裁かなくても、喜びが私たちを包むのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:53 | 毎週の講壇から