2018年03月12日

空の鳥をみよ【マタイ6:25〜34】

聖句「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。」(6:26)

1.《最後の警告》 福島第一原発の過酷事故が起きた時、私は、亡き高木仁三郎の声を聴きたいと思いました。彼は1986年に『チェルノブイリ:最後の警告』を出版し、1995年の阪神淡路大震災直後から原発の地震対策について警告を発していました。そうしてみると、福島原発の大事故は「想定外」ではなくて、十分に「想定内」だったと言わざるを得ないのです。

2.《危機と破局》 富坂キリスト教センター主催の研究会で、高木仁三郎は生態学的破局の預言として「創世記」の洪水物語を引用なさっていました。他にも旧約聖書には、原発の冷却水、放射能の雨、体内被曝などと関連させて読むことの出来る箇所があります。複雑な問題が山積する現代では、単純に「自然」をテーマに聖書箇所を選ぶことも、1箇所に特定することも困難です。しかし、私たちが聖書を読む前に、既に私たち自身の側が、聖書によって読み込まれていると思われる瞬間があるのです。「空の鳥、野の花」として知られる今日の箇所も、そんな箇所の1つではないでしょうか。

3.《認識の変革》 荒井献は「野の花」を「薊」、大貫隆は「空の鳥」を「カラス」と同定して「汚らわしいもの」「差別されたもの」と解釈しています。しかし、預言者エリヤを養ったカラスの例もあります。エリヤにとっては、空から糧を運んで来てくれるカラスは、あたかも天使のようだったと思います。リチャード・ニーバーは「動物、無機物、天使」を人間の隣人として挙げました。目に見えない天使を隣人と捉えるならば、私たちの世界観は大きく変わります。「御蔭様で」と言う時、自分独りで生きているのではないことを、私たちは確認しています。その象徴が「カラス」であり「天使」ではないでしょうか。

安田治夫牧師(文責:朝日研一朗)

posted by 行人坂教会 at 19:52 | 毎週の講壇から