2018年03月25日

キリスト教こんにゃく問答]]U 「老いについて」

1.老年学

高齢化社会の到来に伴い、近年、学問の世界でも「老年学」、もしくは「老人学、加齢学」と呼ばれる研究ジャンルが盛んになりつつあります。「老いる」ということについて、心理学や社会学、生物学の見地からも研究して行こうという分野です。英語では「ジェロントロジー/gerontology」と言います。ギリシア語の「老人/ゲローン」から、ロシアの免疫学者、イリヤ・メチニコフという人が名付けました。

たまたま、ギリシア語の「ゲローン/老人」という単語を調べていたら、「ヨハネによる福音書」3章4節「年をとった者が、どうして生まれることができましょう?」という言葉に行き当たったのです。イエスさまが「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と仰ったのに対して、ファリサイ派の議員、ニコデモが思わず反論してしまう場面です。「文語訳」では「ニコデモ言ふ『人はや老いぬれば、爭(いか)で生るる事を得んや』」と訳されていました。「人はや老いぬれば」という言い回しから、「少年老い易く學成り難し」の慣用句が思い出されます。

このイエスさまとの遣り取りから、ニコデモ自身も「老人」であったように思われます。また、ユダヤ教の「最高議会/サンへドリン」の議員であったという説明からも、彼が相応の年齢であったと推測できます。老い先短い我が身に不安を感じたからこそ、イエスさまを訪ねて、改めて命の道を問うたのではなかったかと思うのです。彼が「どうして…もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか?」と言って、執拗に食い下がったのも、イエスさまの最終的な答えが「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得る」という御言葉だったのも、ニコデモ自身の老いと無関係ではないと思うのです。

2.来し方

「創世記」に「アブラハムもサラも多くの日を重ねて老人になっており」(18章11節)、「アブラハムは多くの日を重ねて老人になり」(24章1節)とあります。「老人になる」とは「日々を重ねる」ことなのです。「協会訳」は「年が進んで」と訳していました。ヘブル語の直訳は「日々の中を来る」ことです。日本語に「過ぎ去った歳月」を振り返って「来し方」と言うのと似ています。

次に登場する「イサクは年をとり、目がかすんで見えなくなってきた」(27章1節)と書いてあります。単なる老眼か、老人性のかすみ目か、加齢性白内障か。はたまた、緑内障、網膜症というような眼病か…。イサクの「目がかすんで見えなくなってきた」病因は不明ですが、旧約聖書で「目に光」と言ったら「生きる力、生命力」のことです。それ故「詩編」一3編4節は「わたしの神、主よ、顧みてわたしに答え/わたしの目に光を与えてください」と呼び掛けているのです。

三代目のヤコブは、息子たちに自らを「この白髪の父」(42章38節)と表現し、息子ヨセフに「死ぬ前に、どうしても会いたい」(45章28節)と言います。ヨセフとの再会を果たした場面では「わたしはもう死んでもよい。お前がまだ生きていて、お前の顔を見ることができたのだから」(46章30節)と、如何にも老父らしい言葉を発しています。ファラオの謁見に際して、年齢を尋ねられると「わたしの旅路の年月は130年です。わたしの生涯の年月は短く、苦しみ多く、わたしの先祖たちの生涯や旅路の年月には及びません」(47章9節)と答えています。老いは専ら、ヤコブ自身の台詞によって説明されています。

「出エジプト」の立役者、モーセの姿は、最期まで矍鑠(かくしゃく)たるものです。しかし、それでも、自身の老いを感じさせる言葉があります。「わたしは今日、既に120歳であり、もはや自分の務めを果たすことはできない」(「申命記」31章2節)。そこで、次のリーダーにヨシュアを任命するのです。それはともかく「昨日まで出来たことが、今日は出来なくなっている」、それこそが老いのリアルでしょう。

老いの描写が生々しいのは、「サムエル記上」の祭司エリです。真夜中の神殿で、主は祭司エリにではなく、少年サムエルに何度も呼び掛けられます。その物語の導入は、既に神殿奉仕を執行できなくなった、祭司エリの耄碌(もうろく)ぶりを描写します。「ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなくなっていた」(3章2節)。「創世記」のイサクと同じです。

あのダビデ王にも、生々しい老いの描写があります。「列王記上」1章1節「ダビデ王は多くの日を重ねて老人となり、衣を何枚着せられても暖まらなかった」。老人性の低体温症と言ったら大袈裟でしょうか。体温調節機能の低下です。そこで家臣たちが「若い処女を抱いてお休みになれば、暖かくなります」と進言します。家臣たちは領内を隈なく探して、シュネム生まれのアビシャグを夜伽用の侍女として召し抱えるのでした。ミカル、アビガイル、バト・シェバ等と女性関係も多く、自身のハレムも有していた精力絶倫のダビデ王も、アビシャグと性交することはありませんでした。

彼女の出身地名から「シュナミティズム/Shunammitism」という語が生まれました。老人が性交せずに裸の処女と添い寝をすれば若さを回復するという回春術です。少女の柔肌に接することで、若さのエキスを吸収することが出来るという迷信があったのです。川端康成の小説『眠れる美女』は、主人公の江口老人が「シュナミティズム」の「秘密くらぶ」に通い続け、裸の少女たちとの添い寝を繰り返す中で、様々な過去の記憶が去来するお話です。この小説は海外でも人気が高く、フランスとドイツとオーストラリアでも映画化され、ベルギーではオペラ化されています。

3.若返り

ダビデの回春術は、今では「エロ親爺の妄想」としか見られませんが、「アンチエイジング/Antiaging/抗老化、抗加齢」は、健康法や食事療法からサプリメントや美容整形に至るまで、現代においても、大勢の人にとって最大の関心事です。それにも飽き足らず、最近では「リジュヴネーション/Rejuvenation/若返り」等という語まで使われ始めました。アロマセラピーやハーブ等のブームも、この観念の後押しをしています。

「若返り」は古来、人間の夢の一つでした。「若返りの泉、青春の泉」の伝説は有名です。アレクサンドロス大王が家臣に命じて探させたという話もあります。丁度、秦の始皇帝(シホワン)が徐福(スーフー)に命じて蓬莱山にあるという「不老不死」の霊薬を探させたという話とソックリです。ある時代には、その泉は「ヨハネによる福音書」5章に出て来る「ベトザタの池」のことだと信じられていたのです。十字軍がエルサレム奪還を旗印に中近東に出兵した背景には、「若返りの泉」伝説も影響を与えていたのかも知れません。

そう言えば、「ヨハネによる福音書」には、繰り返し表われる「水」のモチーフがあります。1章ではヨハネの「水で授ける洗礼」があり、2章は「カナの婚礼」の場面で、主が甕の水を葡萄酒に変えられます。4章では、主が「サマリアの女」を相手に井戸端で「決して渇かない永遠の命に至る水」について語られます。そして5章が「ベトザタの池」です。6章で、主は「湖の上を歩く」のですし、7章には「生きた水の流れ」の御言葉があります。飛んで19章、十字架上で脇腹を槍で突かれた主の御体からは「血と水とが」流れ出ます。神智学者のルドルフ・シュタイナー等は、この「血と水」にこそ十字架の最大の秘儀があると強調しています。

「38年間も病気で苦しんでいる人」が癒されたのは「ベトザタの池」によってではありませんでした。イエスさまの「起き上がりなさい」という御言葉によってでした。イエスさまはニコデモに「だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」と仰いました。「永遠の命に至る水」はキリストにあるのです。どんなに加齢と老化に抗っても、回春術や若返りの技術を使っても、私たちの肉体も脳も、魂さえも必ず朽ち果ててしまいます。キリストの霊(聖霊)によって生まれ変わるしかありません。


【会報「行人坂」No.256 2018年3月発行より】

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