2018年08月26日

たれか神のごとき

1.ミケルマス

ヨーロッパには、9月29日を「聖ミカエル祭」と称してお祝いする国や地域が多くあります。英国では「ミケルマス/Michaelmas」と言います。名前からして、如何にも「クリスマス/Christmas」を思い出させるではありませんか。小麦の収穫祭です。日本の歳時記では「秋のお彼岸」に当たります。

キリストの降誕を祝う「クリスマス」が冬至の祭り、その半年前の6月24日が夏至の祭り「ミッドサマー・デイ/Midsummer’s Day」、洗礼者ヨハネの誕生日です。日本の農村で言うと「虫送り」「虫追い」「実盛祭」に該当します。それこそ「夏のキャロリング」が行なわれるそうです。この3つに、キリストの復活を祝う春の「イースター/Easter」を加えると、春夏秋冬の祭りが出揃います。

ローマカトリック教会や東方正教会のみならず、プロテスタントの聖公会やルーテル教会でも「聖ミカエル祭」を祝日としています。英国では、全国各地で「鵞鳥市」が開かれ、夕食には鵞鳥の丸焼きを食べる習慣があるそうです。1588年の「ミケルマス」の日、エリザベス1世のもとに、英国艦隊がスペインの「無敵艦隊/Armada Invencible」を撃破したとの知らせが届いたそうです。その時、女王は鵞鳥の丸焼きを食べていたとか。それ以来、英国では「ミケルマス」には「鵞鳥の丸焼き」を食べる習慣が広まったのだそうです。「土用の丑の日に鰻の蒲焼き」「節分に恵方巻き」みたいなものでしょう。

「アルマダ戦争」に負けたスペインでは「聖ミカエル祭」に何を食べるのでしょうか。

2.闘争の天使

フランスの西海岸、ノルマンディー地方、サン・マロ湾上に浮かぶ小島に聳え立つ世界遺産「モン・サン=ミシェル/Mont Saint-Michel」の素晴らしい風景を、皆さんも写真やテレビ等で御覧になったことがあるでしょう。8世紀に天使ミカエルのお告げを受けて、修道院が建てられたとされています。文字通り「聖ミカエル山」ですが、14世紀の「百年戦争」の時代には、ここは英国軍の要塞だったのです。

そもそも、天使ミカエルは「闘争の天使」なのでした。図像で表わされる場合には、ミカエルは黄金の甲冑を身に纏い、サタン(もしくはドラゴン)を踏み付け、右手に持った剣や鑓を高々と翳しています。道教の「鍾馗(しょうき)/Zhong Kui」と同じイメージです。あるいは、仏教の護法神である「四天王」や「仁王/金剛力士」が悪鬼邪鬼を踏み付けている彫像を思い出させます。天来の強い力で邪悪を滅ぼして貰いたい。洋の東西を問わず、人間は同じような願いを抱くものなのです。

さて、ラビ伝承によれば、天使ミカエルは、モーセの埋葬に際して顕われたとされています。「申命記」巻末に「モーセの死」が描かれています。34章5〜6節「主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。主は、モーセをベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷に葬られたが、今日に至るまで、誰も彼が葬られた場所を知らない」。

旧約偽典「モーセの昇天」(別名「モーセの遺訓」、紀元7〜30年)によると、この時、ミカエルはサタンと論戦を繰り広げるのです。ミカエルは神からモーセの遺体を葬ることを任されたのですが、サタンは「物質界の主」として、自分がその遺体の所有者であると主張します。ミカエルに拒否されると、サタンはエジプト人殺害の咎で、モーセを神に訴えることが出来ると威嚇します。

このことは、新約聖書「ユダの手紙」9節に触れられています。「大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争った時、敢えて罵って相手を裁こうとはせず、『主がお前を懲らしめてくださるように』と言いました」。サタンの横柄な態度を非難せずに、裁きは主なる神にお委ねして、自らは主の命に従って黙々と埋葬をしたとのことです。

ミカエルが「闘争の天使」だとしても、この段階では、サタンに対して論争しているだけです。サタンもまた、人間の罪を告発する「告訴者」の役割を務めているだけです。そもそも「サタン」とは「敵する者」の意味で、神に対してではなく、人間に対して「敵する者」なのです(「ヨブ記」)。

3.力ある言葉

ところが、『黄金伝説』等、ルシファー(サタン)の「堕天」物語が流布して行くと、ミカエルは、サタンに率いられた反乱軍を制圧した、天の軍勢の指揮官の役割を付与されます。神はミカエルに聖なる「力ある言葉」を遣わして、その御蔭で反乱軍を鎮圧し、彼らを地獄に追い落としたと言うのです。

「力ある言葉」とは「exponentia/呪文、スペル」ですが、それが即ち、先の「ユダの手紙」の記すミカエルの台詞「主がお前を懲らしめてくださるように」と同一視されるように成りました。旧約聖書「ゼカリヤ書」3章2節にも、主の天使がサタンに「サタンよ、主はお前を責められる」と、同じ言葉を唱える場面があります。ヘブライ語もギリシア語も、強力な呪文と信じられていますので、その発音を記すことは控えますが、悪魔祓いでは必ず使われる決め台詞です。英語で言えば「The Lord rebuke you,Satan!」です。

最後に「ミカエル」の名前ですが、ヘブライ語で「ミーカーエール」と言います。分解すると「ミー/誰、どの人」+「カー/何々のような、誰某に似た」+「ハー・エール/神」と成ります。つまり「誰か神の如き」です。勿論「神のような御方は誰もいない」という意味ですが、同時に「ミカエル」に与えられた神通力を連想します。

ミッキーマウスもミック・ジャガーも、マイケル・ジャクソンも、この「ミカエル」のヴァリエーションです。因みに、我が家の長男にも、この流れを汲む名前が付けられています。

牧師 朝日研一朗

【2018年9月の月報より】

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