2018年09月30日

バザールでござーる

1.教会バザー

「ミス・マープルが、オールド・ホール荘に出かけたのは、教会でひらくバザーに屋台を出してほしい、と頼むためだった」。アガサ・クリスティの「ミス・マープルもの」、1942年の短編『申し分のないメイド』(The Case of Perfect Maid)の一節です。クリスティの探偵ではエルキュール・ポアロと双璧を成す、ゴシップ好きの教会婦人(古い言い方をすれば「老嬢」の)ミス・マープルが事件を解決していく推理小説です。

「教会でひらくバザー」と訳されていますが、原文では「the vicarage fete/ザ・ヴィカリッジ・フェイト」と成っています。直訳は「牧師館の慈善バザー」と言ったところです。英国国教会では「牧師館」を「ヴィカリッジ」と言います。元々はラテン語の「ウィカーリウス/vicārius/代理人」です。「キリストの代理人」たるローマ教皇の、そのまた「代理人」として、その教区(町や村)を託された司祭のことです。

エリザベス1世の治世、1599年、「首長令/Act of Supremacy」と「統一令/Acts of Uniformity」によって、英国議会は国内の教会をローマ教会の支配から独立させます。つまり、ローマ教会の所有する土地建物その他の財産を没収して、エリザベスを首長とする国教会の支配下に置いた訳です。英国国教会の信仰内容はプロテスタント、特にカルヴァン主義の影響を強く受けていますが、制度上の用語はローマカトリック時代の語が、そのまま使われる場合が多いのです。

「牧師館/パーサニジ/parsonage」という語があるにも拘わらず、相も変わらず「司祭館/ヴィカリッジ」と呼び続けているのも、ローマカトリック時代の名残りです。従って、「ミス・マープルもの」で一番有名な『牧師館殺人事件』(あるいは『牧師館の殺人』)も、その原題は「The Murder at the Vicarage」なのです。

20世紀以後に建て直した教会ならいざ知らず、「ミス・マープル」の暮らすケント州の村にあるような教会は、建物もローマカトリック時代からの古式ゆかしき様式です。礼拝堂を礼拝以外の目的に使うことはありません。恐らく、教会の敷地(もう少しハッキリ申しあげると「牧師館の庭」)を会場に露店、屋台(stall-holders)を出していたのでしょう。

2.お祭りと市

「慈善バザー」と訳されている「フェイト/fete」は「フェア/fair」と同じ意味です。屋外で開催される娯楽イベントです。米国の「ステートフェア/state fair」が有名です。日本語では「農畜産物品評会」と訳されていて、面白くもありませんが、実際には、楽しいお祭りなのです。往年のミュージカルファンならば、ウォルター・ラング監督、ジーン・クレイン主演の『ステート・フェア』(State Fair)(1945年)を御存知でしょう。戦後、日本で初めて公開された総天然色(テクニカラー)のミュージカルです。それをリメイクしたのが、ホセ・フェラー監督、パット・ブーン主演による同名作品(1962年)。いずれも『サウンド・オブ・ミュージック』の名コンビ、オスカー・ハマースタインU世作詞&リチャード・ロジャース作曲の歌曲に彩られています。この『ステート・フェア』、戦前にも映画化されていて『あめりか祭』(1933年)という題名を付けて、日本で公開されています。こちらはヘンリー・キング監督、ジャネット・ゲイナー主演でした。

音楽ファンには、サイモン&ガーファンクルの歌で知られる英国のバラッド「スカボロー・フェア/Scarborough Fair」があります。「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム」とハーブの名前が何度も繰り返される名曲です。1967年の映画『卒業』(The Graduate)の挿入歌としても知られています。「スカーブラ/Scarborough」は英国ノースヨークシャー州の港町、「フェア」はそこに立つ「市」のことですが、米国にもカナダにもオーストラリアにも南アフリカにも同名の町があり、その名は何かしら遍在性を伴っているのです。何しろ、フィリピンと中国と台湾、ベトナム等が領有権を主張し合って係争中の南シナ海にも「スカボロー礁」があるくらいです。

ビージーズの「メロディ・フェア」(Melody Fair)も忘れてはいけません。こちらも、1971年の映画『小さな恋のメロディ』(Melody)の主題歌として使われて有名に成りました。但し、こちらの「フェア」は『マイ・フェア・レディ』の「フェア」、「汚れなく美しい」の意味でしょう。「メロディ」はヒロインの名前でしたから…。

とにかく「フェア」と言えば「市」に「お祭り」の気分が加わっているようです。

3.慈善と定価

「バザー/Bazaar」は「バザール」、中東やインドの「市場」を指すペルシア語だそうです。原語は「バハ・シャール/物の値段を決める場所」、つまり、定価は存在しないのです。売り手と買い手とが個別に交渉して、値段を決定する「取り引き」が行なわれるべきなのです。バザーで売り子をしていると、しつこく値引きを要求するお客さんに辟易する時がありますが、「バザー」という語の本来の意味からすると、お客さんは間違ってはいないのです。あるいは、私たちが値付け作業をして、定価を書き込んでいくのは、本来的には「バザー」に相応しくないのです。

どうして、そして、いつの頃から、この「バザー」という語が日本で定着し、教会はもとより学校や幼稚園、施設や福祉作業所などで広く使われるように成ったのか、残念ながら寡聞して知りません。戦前には「チャリティ・バザール」の訳語として「慈善市」等と称した場合があったようです。しかし、やはり「教会バザー」という語も古くから使われていたようでもあります。ともかく、その昔は「バザー」と言えば「慈善市」でしたから、値引き要求をする不心得者などは、凡そ存在しなかったようですが…。

牧師 朝日研一朗

【2018年10月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など