2018年11月25日

いま来たりませ

1.安らぎと幸せ

2012年のNHK連ドラ『純と愛』は、宮古島で祖父が営んでいた「魔法の国」のようなホテルを再建しようと奮闘するヒロイン、純(夏菜)に、「人の心が見える」という不思議な能力を持つ青年、愛(いとし)(風間俊介)が絡んで来るドラマでした。

ヒロイン純が情緒不安定の上、相手役の愛も心の病気を抱えています。愛と母親(若村麻由美)との確執も見ていて辛くなる程です。更に、ヒロインの母親(森下愛子)は若年性アルツハイマーに成るわ、父親(武田鉄矢)は海で溺れて死んでしまうわ、純と愛は結婚するものの、愛は脳腫瘍で倒れて、昏睡状態のまま、ドラマが終了するわ、不幸の釣瓶落としのような、その展開は「朝ドラ」ではなく「深夜ドラ」でした。吉田羊や黒木華が一躍注目されたドラマですが、視聴率は振るわず、評判も芳しくありませんでした。今でも「トラウマ系連ドラ」の烙印を押されています。

このドラマは「オオサキプラザホテル」という大阪(北浜の辺りでしょうか)の格式あるホテルに、新入社員のヒロインが出社する所から始まりました。そのホテルのロビーには「PAX INTRATIBVS/SALVS EXEVNTIBVS」=「パクス・イントランティブス/サルース・エクセウンティブス」というモットーが掲げられていました。「訪れる者に安らぎを、去り行く者に幸せを」という意味です。社長役の舘ひろしが楽しそうに説明する場面があったように記憶します。それが唯一、心の和む場面でした。

2.誰もに祝福を

上記の碑文も、小文字なら「pax intrantibus,salus exeuntibus」と書きます。ラテン語の「U」と「V」、「I」と「J」は交換可能なのです。そもそも古代のラテン文字には小文字も無く、「J」「W」「U」の文字も無かったのです。だから、高級時計メーカー「ブルガリ」も気取って「BVLGARI」と銘打っているのでしょう。

1989年のスピルバーグ監督の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(Indiana Jones and the Last Crusade)のクライマックス、キリストの聖杯に至る第二の試練は「神の言葉を辿れ」という指示でした。石畳の床石には、アルファベットの文字が一文字ずつ彫ってあります。「『神の言葉』とは『神の名』だ!」と気付いたインディが、「ヤハウェ。いや、中世はエホバと呼んでいた!」と「JEHOVA」の文字石を踏もうとしますが、冒頭の「J」を踏んだ途端に石が崩れて危機一髪。インディは「IEHOVA」と踏み直して渡り切るのです。でも、よく考えてみたら、「古代から生き永らえている」という聖杯の騎士が守る神殿に「J」だの「W」だのの文字があるはずは無いでしょう。

さて、上記の碑文は、羽田空港第二ターミナルにもプレートとして掲げられていますが、本家本元は、南ドイツはバイエルン州ミッテルフランケン行政管区のローテンブルクの街の「シュピタール門/Spital Tor」に刻まれているそうです。「門」を意識して訳すなら「入るものには平安、出づる者に安泰」とでも言いましょうか。「シュピタール/Spi’tal」と言えば「ホスピタル/Hospital/病院、養老院、救貧院」の事です。とにかく、ローテンブルクの正式名称は「ローテンブルク・オプ・デル・タウバー/Rothenburg ob der Tauber/タウバー川を臨む丘の上のローテルブルク」で、「ブルク/Burg」と言うだけあって「城塞」都市だそうです。中世の街並みが綺麗に保存されていて、所謂「ロマンティック街道」の中でも一番人気、「中世の宝石箱」と呼ばれているとか…。

かの碑文との類似が指摘されているのは、旧約聖書「申命記」28章6節「あなたは入る時も祝福され、出て行く時も祝福される」です。また、ラテン語の成句には「住まう者(留まる者、滞在する者)に祝福を/Benedictio habitantibus/ベネディクティオー・ハビタンティブス」があります。訪れる者も去り行く者も、入る人も出る人も、そこに留まる人も祝福される。関わった人、誰もが全て祝福されるのです。それこそ「クリスマスの心」です。キリストの教会たる私たちも、このようにありたいものです。

3.救世主の到来

今年の10月24日、日本の「来訪神(らいほうじん)」の習俗が「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。秋田県牡鹿のナマハゲ、石川県能登のアマメハギ、鹿児島県甑島のトシドシ、沖縄県宮古島のパーントゥ他10件です。「来訪神」とは、年1回、決まった時期に、人間界を訪れる神で、豊穣と幸福をもたらす存在と考えられています。ですから、ナマハゲに脅された子どもが号泣しても、親は微笑んでいますし、パーントゥに異臭を放つ泥を塗られても、住民は楽しそうです。どの「来訪神」も仮面を付けています。仮面を付ける事で、演者は神の依り代に成っているのです。

実は、ヨーロッパにもオーストリアのペルヒタ、スイスのクロイセ、ドイツのベンデル等、真冬に仮面を付け、異形の妖精や悪魔の姿をした演者が、民を来訪する祭りがあるのです。そんな民俗がまた、見事にクリスマス、エピファニー、レント、イースター等の教会行事に織り込まれているのです。例えば、ペルヒタや黒いピート、クランプスやクネヒト・ルプレヒト等は、聖ニコラウスやシンタクラース(サンタクロースの原型)の従者として登場します。イタリアの魔女ベファーナはエピファニー(公現日)という語が訛って付けられた名前です。「来訪神」と言えば「三人の博士たち」も登場します。宗教改革をしたはずのルター教会が支配する地域ですら、クリストキント(幼子キリスト)という名前の妖精が深夜に訪れ、クリスマスツリーの下にプレゼントを置くと信じられています。

そして、イエス・キリストこそは、天から地上に送られた「来訪神」そのものです。何しろアドベント(待降節)とは「アドウェントゥス/adventus/到来」なのですから。

牧師 朝日研一朗

【2018年12月の月報より】

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