2019年01月28日

新しく創造されること【ガラテヤ6:11〜16】

聖句「割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。」(6:15)

1.《作者と楽器》 演奏者もいなくなり、古びて壊れたハープが物置小屋に仕舞われていました。ある時、旅人が一夜の宿を所望して、物置小屋に泊まりました。翌朝、家の主人が目覚めると、美しいハープの音色が聴こえます。旅人に尋ねると、彼は「私はハープ職人で、私の製作した物だと分かりました。一晩の宿のお礼にと修理しました」と言うのでした。私たちの人生や生活も、奏者を失ったり壊れたりします。その時、神さまに新しく創造して貰う他ありません。

2.《祈りは便り》 実は、旅人が製作者その人であったという展開が重要です。工房で丁寧に作られた楽器は、演奏者と共に成長して、共に生きて行きます。同じく、楽器と製作者とが呼び合うこともあります。城山三郎の『そうか、もう君はいないのか』のように、亡き伴侶に呼び掛けるのも一種の祈りです。但し、私たちが一番に呼び掛けなくてはならないのは、私たちを創られた神さまです。日常的に祈り、礼拝を守り、心から賛美し、聖書を読むことを倦まず弛まず続けないと、私たちは見えないものを見ようとはしなくなります。すると、音信が途絶えて、私たちの魂は物置小屋で埃を被ってしまうことになるのです。

3.《新しい創造》 ユダヤ教徒は「割礼」を神との契約の徴として重んじて来ました。キリスト教がユダヤ教から脱皮する時、パウロがこれを廃棄したのです。食物規定の律法はペトロが廃棄してくれました。女性のベール着用義務や女性の発言禁止は宗教改革者が廃棄しました。信仰の本質を生きるためには、聖書とは言え、乗り越えなくてはならぬ言葉もあるのです。パウロは「価値があるのは新しい創造だ」と言います。私たちは何より、イエス・キリストの立てられた「原理/カノーン」に従って歩いて行くのです。それこそが「新しい創造」です。神に創られ愛された者としての自覚をもって生きるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:55 | 毎週の講壇から