2019年02月24日

アキレスと亀

1.クドカンは韋駄天

私は毎週、NHKの大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』を楽しみに観ています。しかしながら、何でも、前作『西郷どん/SEGODON』を超えるワースト低視聴率を記録していると聞きます。「どうして!?」「クドカン(宮藤官九郎)の脚本は、こんなに面白いのに!?」「VFX(特撮による視覚効果)で再現された明治の東京の風景も、こんなに美しいのに!?」「これだけの豪華キャストなのに!?」「音楽(大友良英)も、タイトルデザイン(山口晃)も、題字(横尾忠則)も、こんなに凄いのに!?」と、私が独りで喚いているのを、家族は冷ややかな眼差しで見詰めています。

連ドラ『あまちゃん』とカブる楽屋落ちキャスト(杉本哲太、平泉成、橋本愛、小泉今日子、荒川良々、ピエール瀧)が要所に配してあるのも愉快です。古今亭志ん生(ビートたけし)の内儀、りんの役で(志ん生の実の孫)池波志乃が出ていたりするのも粋な計らいです。森山未來、パンクバンド「銀杏BOYS」の峯田和伸、劇団「大人計画」の松尾スズキ、岩松了、田口トモロヲというコアな脇役(何と姜尚中まで登場!)、誰も彼もキャラが立っています。若い女性視聴者への目配せもあるものの(生田斗真、松坂桃李、星野源、神木隆之介)、結果的には、玄人好みに走り過ぎているのでしょう。

妻が家事をしながら台詞だけを耳で聞いていて「お芝居を観ているみたいね」と漏らしていました。結局、低視聴率の原因はこれに尽きるのか…。恐らく、クドカンは突っ走り過ぎて、マニアではない普通の人を置き去りにしているのでしょう。その意味で、クドカンこそは文字通り、現代の日本エンタメ界の「韋駄天」であることは間違いありません。

2.大森兵蔵と安仁子

さて、東京高等師範校長(にして講道館館長)嘉納治五郎(役所広司)に協力して、「大日本体育協会」を運営しているのが、大森兵蔵(おおもりひょうぞう)(竹野内豊)と安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)の夫妻です。ドラマの中では、アメリカ帰りの兵蔵が思わず英語を口走り、安仁子が日本語に翻訳し直すという、まるでコントを見ているような、頓珍漢な場面が頻発します。

ドラマの主人公、金栗四三(かなくりしそう)(中村勘九郎)のストックホルム五輪出場が決まるや、安仁子が英会話とマナーの特訓をするのですが、四三を「フォーティスリー!/Forty-Three!」と呼び、東京高師助教授の可児徳(かにいさお)(古舘寛治)を「ミスター・クラブ!/Mr.Crab!」と呼ぶのです。古舘の顔が本当に「蟹」のように見え始めます。

大森兵蔵は日本初のオリンピック代表チームの監督となります。彼は同志社普通校(同志社大学)、東京商業学校(一橋大学)を中退して渡米、スタンフォード大学、国際YMCAトレーニングスクールを卒業して、東京YMCA初代体育主事となった人物です。バスケットボールとバレーボールを日本に導入したのも大森です(因みに、可児徳はドッヂボールを日本に導入した人物です)。

大森安仁子こと、アニー・シェプリーは兵蔵と結婚した時、既に50歳で、兵蔵は19歳も年下でした(Ch・K・フォックスは若くて綺麗過ぎです)。ドラマの中でも、永井道明(ながいどうめい)(杉本哲太)と可児徳の二人が、「あの出しゃばり女め!」「何でも兵蔵はあの女のハウスボーイだったらしいですよ」「ハウスボーイって何だ?」「小僧ですよ!」「道理で尻に敷かれているはずだよな!」と陰口を叩く場面があります。ところが何と、衝立(ついたて)の向こうには大森夫妻がいて、何もかも筒抜けだったのです。冷や汗を流す二人に、安仁子が憎々しげな表情で「何にも、聞こえませんでした!」と怒鳴る所は抱腹絶倒の名場面でした(この時、兵蔵が咳き込んでいるのは、後々の伏線です)。

大森夫妻は私財を投じて、貧困のため学ぶことの出来ない子どもたちのための教育と生活文化向上のための施設「有憐園」を、淀橋区柏木(現・西新宿8丁目)に開設します。日本のセツルメント事業の草分けです。

大森夫妻はクリスチャンでしたが、欧米の信仰や文化を一方的に押し付ける人たちでは無かったようです。ですから、兵蔵が英語を口走るとか、安仁子のマナー教室に四三が疲れ果てるとか、それは飽く迄、コントのネタです。何しろ、安仁子は日本文化にも造詣が深く、64歳の時には「紫式部日記」「和泉式部日記」「更級日記」を併せて英訳し(土居光知と共訳)、それは後に米国で出版されているのです(「Diaries of Court Ladies of Old Japan」)。

3.日本の走るコース

「韋駄天」はヒンドゥー教の軍神「スカンダ/Skanda」が仏教に入って来たものです。スカンダは常に雷神インドラをライバル視していて、決着をつけるため、二人はカイラス山の周りを走って競争するのです。恐らく、この話から「足の速い人」のことを「韋駄天」と呼ぶように成ったのでしょう。

西洋で「韋駄天」と言えば、ギリシア神話の「アキレウス/Achilleus」でしょうか。トロイア戦争の形勢を逆転させた英雄ですが、弱点の踵(かかと)を、敵将パリスの弓で射抜かれて(アキレス腱)、壮烈な戦死を遂げます。そこで思い出されるのが「アキレスと亀」というゼノンのパラドックスです。この世で最も歩みの遅い亀と、最も速いアキレスが徒競走をするのですが、ハンデを貰って先の地点から出発した亀を、アキレスは永遠に追い抜くことが出来ないという数学上のパラドックスです。

アキレスでは無いにせよ、猛ダッシュで西欧文明に追い付こうとした明治日本、戦後日本ですが、未だに追い付けないでいるように思います。何だか、私たちは当初から、自分の走るべきコース(走路)を間違えてしまっていたような気がしてならないのです。

牧師 朝日研一朗

【2019年3月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など