2019年02月25日

幸せを探す人の幸せ【ルカ 11:1〜13】

聖句「あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」(11:13)

1.《幸福追求権》 2016年、東京地裁にて、ある訴訟事件の判決が下されました。アイドルグループのメンバーが恋愛禁止規定を破ったとして、所属事務所から990万円の損害賠償請求をされていたのです。しかし「日本国憲法」第13条の「幸福追求権」に照らし、恋愛は「人生を自分らしく豊かに生きる自己決定権」であるとして、この損害賠償請求は棄却されたのです。

2.《自己決定権》 憲法の条文に「幸福」の定義はありません。各人の心が決めるべきことであり、定義すべきものではありません。しかし、戦前までは子の幸せを親が決めていました。今も幼少時から「これがあなたの幸せ」と刷り込まれています。幸せを金、地位や名誉、美しい容姿と考えるのも、経済優先の社会やマスコミが植え付けているのです。それらは自己満足や優越感に過ぎません。幸せへの思いは各人により異なりますが、価値観を押し付けることなく、何が本当の幸せかを問い掛けながら、共に歩む道が大切です。

3.《善い在り方》 イエスさまの譬話では、友が友にパンを求めたり、子が親に干し魚や卵を求めています。昔の信徒たちが「肉の糧」「霊の糧」とお祈りされていたのを思い出します。イエスさまも最後に「天の父が聖霊を与える」という約束で締め括って居られます。友にしろ父親にしろ、愛する人たちの手が介在しています。人と人との関係性の中に生まれる「良い贈り物」なのです。「聖霊の結ぶ実」(ガラテヤの信徒への手紙5:22)も同様です。「日本国憲法」を遡ると、米国の人権宣言(1776年)を経て、17世紀英国のリチャード・カンバーランド牧師の「幸福追求権」の定義に辿り着きます。曰く、互いの「Well-being」無くして、個人の「Happiness」等はあり得ないのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から