2019年09月09日

あの虹の彼方に【創世記9:9〜17】

聖句「雲の中に虹が現われると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」(9:16)

1.《虹の彼方に》 『オズの魔法使』(1939年)の主題歌です。竜巻で魔法の国に飛ばされたドロシーが、ライオンとカカシとブリキ人形をお供に冒険に旅立ちます。「幸せの国」は「どこかにある素晴らしい場所」ではなくて、自分の身の周りにあったという物語です。作詞者E・Y・ハーバーグは正統派ユダヤ教徒の家庭に育ちました。当然「創世記」の虹が彼の念頭にあったはずです。

2.《虹と十字架》 ヘブライ語の「虹」は「ケシェト」、女性形です。エジプト神話では、虹はイシスの7枚のショールです。バビロニア神話では、イシュタルの首飾りです。天の神エアが地上を滅ぼそうとした時、イシュタルは虹の通路を閉ざして食い止めます。「創世記」もまた、イシスやイシュタルの母心を継いでいるのです。「ケシェト」は「弓」です。虹の弓が天に向かって矢を射掛けようとしています。エアの電光(罪人を射る虹の弓矢)よろしく、地を滅ぼした神が「もう二度と滅ぼさない」と誓って、今度は矢の向きを御自身に向けられたのです。丁度『るろうに剣心』の「逆刃刀」のようなものです。

3.《虹の架け橋》 人間の罪によってもたらされる苦難を、神御自身が引き受けられたのが十字架です。「虹の契約」は「十字架の契約」と同じです。「心に留め」思い起こすのは、神御自身です。この契約に生きようと志を新たにされているのです。私たちが十字架に接する時、果たして、そんな強い気持ちで臨んでいるでしょうか。「カタ・ウパニシャッド」は「天国への虹の橋を渡るのは、剃刀の刃を渡る程に難しい」と言います。十字架も、私たちに命の道を問い掛ける「弓/虹」のようなものです。折角の「広々とした道」を「狭い門」「剃刀の刃」のように薄っぺらにしているのは、私たち自身なのかも知れません。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から