2019年11月18日

目から…うろこ【使徒言行録9:1〜19a】

聖句「すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。」(9:18)

1.《光落ち》 アニメやマンガの世界では、正義のヒーロー転じて悪人と化する展開を「闇堕ち」、反対に悪役が何かの出来事や出会いを契機に正義の心を持ってしまうことを「光落ち」と言います。「闇堕ち」の代表は、ミルトン『失楽園』のルシファーです。「光落ち」の代表は、牛若丸に敗れて家来になる武蔵坊弁慶、ソーニャの祈りに支えられて悔い改めるラスコーリニコフ(『罪と罰』)、息子の叫びに目覚めるダース・ベーダー(『スター・ウォーズ』)等です。

2.《殺戮者》 パウロこそは聖書最大の「光落ち」キャラです。キリスト教徒の迫害者として、ステファノの殉教にも関わり、その後も信徒たちの家に押し入り「男女を問わず」捕らえて「牢に送って」いました。新約聖書の半分以上は、パウロ自身とその弟子筋の人の執筆ですが、元々は残忍極まりない「悪党キャラ」だったのです。「弟子たちに対する脅迫と殺人を荒々しく呼吸する」(1節)と書いてあります。「殺人/フォノス」は、むしろ「殺戮」と訳すべき語です。アナニアも神のお告げに対して「あの男は悪人です」と抗っています。

3.《うろこ》 世に「パウロの回心」と呼ばれる出来事ですが、悪い心を改める「改心」ではなく、過去の価値観を捨てて、正反対の立場に回るのが「回心」です。聖書にある語で言えば「メタノイア/悔い改め」に該当します。「メタノイア」は「認識が変わる事」です。そんな劇的な瞬間を「使徒言行録」は「目から鱗」と表現しました。「鱗/レピス、レピデス」は「人の目を曇らせるもの」の比喩です。「鱗が落ちる」とは、これまでとは正反対の立場に回って、世界や人を見ることです。同じ風景も見る角度や季節、時間帯によって変わるのです。神さまは、私たちにも小さな「回心」の機会をお与え下さっています。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から