2019年11月25日

魚の口から銀貨 【マタイ17:24〜27】

聖句「湖に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口を開けると、銀貨が一枚見つかるはずだ。」(17:27)

1.《つつぼ口》 小さい頃、私は母親から「つつぼ口」と言われていました。炊き立てのご飯の中に砂利が入っていたり、コロッケの中に長い髪の毛が入っていたり、味噌汁の中に虫が飛び込んで来たりするのです。その都度、母親から、私が「つつぼ口」のせいだと言われるのです。「つつぼ」とは「土穂」の訛ったもの、「落ち穂」の事だと、最近に成って漸く分かった次第です。

2.《魚の中に》 「太平記」には、壇ノ浦の源平合戦の最中、悪七兵衛が海中に落とした日本刀をイルカが飲み込み、百何十年後に、大森彦七の手に渡る話があります。「南総里見八犬伝」では、犬飼現八の誕生祝いに父親が釣って来た鯛から「信」の珠が出て来ます。ヘロドトスの「歴史」によると、ポリュクラテスは、過ぎたる幸運を諫めるファラオの助言に従って指輪を海に捨てるのですが、釣り上げられた魚から指輪が出て来て、主人の手に還って来ます。グレゴリウスは知らずに犯した罪を悔いて、自ら鉄の足枷を付けて、その鍵を海中に捨てますが、漁師の釣った魚から鍵が出て、罪の赦しを宣言されます。

3.《私らしく》 神殿税の集金人から「あなたの先生は神殿税を納めないのか?」と責められたペトロは、売り言葉に買い言葉で「納める!」と言ってしまいました。本来なら、神に奉げる献金を神の子が支払う謂われは無いのです。しかし、そんなペトロを叱るでもなく、ペトロの体面を保ちつつ、イエスさまは尻拭いをされます。漁師のペトロにとって釣りは得意技です。釣った魚から神殿税1シェケル(4デナリオンに相当)が出て来るのです。私たちの人生でも、挫折や困難に出遭うことがあります。そんな時こそ、自分にがっかりしないで、むしろ自分らしさに賭けてみましょう。神の与えられるチャンスです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 21:48 | 毎週の講壇から