2019年12月30日

宿無しと野宿者のバラード【ルカ2:1〜20】

聖句「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。」(2:8)

1.《降誕節》 教会暦に厳密であれば、先週の日曜日は未だ「降誕節」に入って居らず「待降節第4主日」でした。本日こそが「降誕節第1主日」、本当のクリスマス礼拝です。しかし、東方正教会では1月6日の「公現日」こそがクリスマスです。但し、これらは飽く迄も教会暦上のクリスマスです。キリスト者が降誕、復活、聖霊降臨(再臨)の救いの御業を軸にして過ごすための行事暦です。

2.《野宿者》 12月25日にせよ1月6日にせよ、聖地において、真冬に野宿しながら羊の放牧をしていることはあり得ないと言われます。乾季と雨季の二季しかなく、冬は雨季の真っ只中だと言うのです。3世紀末に、アレクサンドリアのクレメンスが降誕を「5月20日」としたのは尤もです。冬のクリスマスはローマ帝国の冬至に設定した後付けとされています。しかし、この「羊飼い」がユダの荒れ野にいるベドウィンならば、冬でも放牧をしているかも知れません。「雨蔭」のために、冬にも降雨量が殆ど無かったからです。

3.《宿無し》 ベドウィンは誇り高い民族ですが、「野宿をしている/アグラウロス」という語の中には「野原(アグロス)が住まい(アウレー)なんだって」という、定住者の側から見下すような、一種の蔑みが感じられます。「野宿者」と言えば、現代の私たちは「ホームレス」を連想します。様々な事情で安心して宿る場所を失った人たちです。それは「泊まる場所がなく」宿無し状態で生まれたイエスさまと、どこかで繋がっていると思うのです。降誕の知らせは寛ぎの「客間」にではなく、(これが雇い人の羊飼いならば)「夜通し」働く非正規雇用労働者の所に先ず届けられたのです。年の瀬に寒風に晒され、心細い思い、憂いや悲しみに心塞がれた人の隣人となるために、主は来られたのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から