2020年01月06日

新しい歌のたぐい?【黙示録 14:1〜5】

聖句「彼らは玉座の前、また四つの生き物と長老たちの前で、新しい歌のたぐいをうたった。」(14:3)

1.《お目出度さ》 小学唱歌「一月一日」は、♪「年の始めの例とて/終りなき世のめでたさを…」と歌っています。子ども心にも「終りなき世などあるものか」と思っていましたが、改めて歌詞の意味を確認すると「天皇の御世が永遠に続きますように」という祝詞だったのです(作詞の千家尊福は出雲大社の宮司)。穢れた古い年を祓うことで、天皇制の存続をお祈りする歌だったのです。

2.《怪文書誕生》 キリスト者にとってのお目出度さは、世の終わりに救われることです。「ヨハネの黙示録」の内容はそれに尽きます。しかし、意味不明の象徴や数字に溢れていて、決して分かり易い文書ではありません。ドミティアヌス帝の「皇帝礼拝」強制によって流刑に処せられた人物が、迫害時代の只中にあって、ローマ帝国の滅亡の幻を語っているのですから、当時は「怪文書」だったのです。しかし、ローマ帝国が滅亡して久しい現代においては「怪文書」ではありません。オカルトの「怪文書」のようにして読むべきではありません。

3.《新しく歌う》 現代に生きる私たちにとって、「黙示録」の価値は、物事を「終わりから見る」視点です。終わりから現在を見詰め直して、今を如何に生きるべきか考えるのです。今しか見ようとしない人たちは、現権力に迎合するだけで、現状維持と永遠の成長という虚構に執着します。救われた人たちが、神の御前にあって「新しい歌のたぐい」を歌います。直訳すると「あたかも新しい歌であるかのように歌う」のです。新曲ではありません。主の血に贖われて、新しく生まれた人たちが歌っているから「新しい」のです。世の仕組みに追従したままでは「新しい歌として」歌うことは出来ません。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:54 | 毎週の講壇から