2020年01月20日

神さまのかくれんぼ【ルカ10:21〜24】

聖句「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。」(10:21)

1.《かくれんぼ》 大抵の人は、子ども時代に「かくれんぼ」をして遊んだ経験があると思います。また、物陰に隠れて待ち伏せし、家族や友だちを驚かしたこともあるでしょう。今思えば、遊びの形を借りた愛情表現かも知れません。驚きとその直後の安心、何等かの感情を引き出そうとするのです。その意味では「いないいないばあっ!」の進化形かも知れません。

2.《隠された神》 ラテン語の「隠す/abscondo」には「誰某から保護する」の含みがあります。隠し事や隠し立て等、意地悪をされているような印象を受けますが、隠すことは守られていることでもあります。時に、神さまが御顔を隠されてしまったように感じられることがありますが、私たちを何かから守ろうと為さっているのかも知れません。「隠された神/Deus abscondius」は「愛の神」であるはずの神が、どうして「怒りの神」として災いをもたらすのかという問い掛けです。現代に生きる私たちは、むしろ「神の不在」の課題と捉えます。

3.《神を知る心》 イエスさまは聖霊に満たされて、喜びの叫びを上げて居られます。「神を知ること」が、知者や賢者、聡明な人や学問のある人には隠されたままで、「幼子のような者」に示されたからです。それは、神秘的な奥義を悟ること(グノーシス)ではなく、御心に触れる心(グノーメー)だったのです。「幼子」は「赤ん坊」です。神さまは私たちの成長を願って、人間相手に「いないいないばあっ!」を続けて居られるのです。少し成長した者は「hide-and-seek/かくれんぼ」に参加するべきです。隠れた神を探し、御心を尋ね求めるのです。イエスさまを直に見た弟子たちも、探し求める信仰を続けたのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から