2020年02月17日

Game Over?【ヨハネ13:36〜38】

聖句「イエスが答えられた。『わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。』」(13:36)

1.《ペトロの忠誠》 自らが「去っていく」ことを予告するイエスに、「主よ、どこへ行かれるのですか?」と食い下がるペトロ。だがイエスは「ついて来ることはできない」とあしらう。納得できないペトロは「あなたのためなら命を捨てます」とまで言ってみせるが、イエスは彼の裏切りを予告する。その結末を、既に我々は知っている。しかし私は、彼の忠誠が偽物であったとは思わない。

2.《必然的な敗北》 ペトロは心からイエスを信じて、彼のために尽くすことに喜びを感じていたに違いない。だが、その喜びは唐突に奪われた。そのとき、彼は気付いたであろう。自分には何もないということを。たとえ彼が命を捨てたところで、イエスを救うことはできない。彼は良い時しか見ていなかった。イエスによって社会を正しい方向へ導くという使命感と高揚感が、彼の燃える忠誠の源であった。しかし、全ての人間は既に神の愛の中にいるというイエスの教えを真に理解していなかった。彼の敗北は、イエスにしてみれば必然であった。

3.《敗れざるもの》 しかしイエスは、彼が「後でついて来ることになる」とも告げる。彼はいずれ、その胸に真理を宿し、神の愛を本当の意味で知ることになる。ペトロがイエスの死後、復活の証人となり、エルサレム教会の指導者を担ったことは確かである。厳しい迫害の中、宣教に努めた。彼は再び自らに敗北することはなかった。それはきっと、彼が自らの弱さを受け入れたから、イエスが既に彼の弱さをも受け入れていたことも悟ったからだと、私は想像する。イエスは彼の敗北を予見しながらも、それを受け入れ、なお彼が立ち上がり、自らについて来ることを期待した。これが神の愛である。

池内 裕牧師(金沢八景教会)

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から