2020年04月07日

暗夜に光を求めて

牧師 朝日研一朗

2020年4月12日、私たちは「復活日/イースター」を迎えます。しかし残念なことに、主の復活をお祝いする礼拝に、私たちは参集することが出来ません。辛うじて「受難週」の始まりを告げる「棕梠の主日」は、礼拝を守ることが出来ましたが、「洗足木曜日」の礼拝、「受難日」の祈祷会は断念せざるを得ませんでした。私たちは「受難節/レント」の途中で、その歩みを止めるしかありませんでした。これが首都圏の現状です。

猖獗(しょうけつ)を極める「新型肺炎コロナウイルス」を前にして、国内のみならず、世界中が嘆きと呻きに溢れています。今まさに罹患して苦しんでいる人たち、命を落とさんとする人たち、愛する者を奪われた悲しみと孤独の中に置き去りにされた人たちがいます。多くの人たちが不安の中で逼塞(ひっそく)した暮らしを続けています。こんな状態にあっても尚、働かなくてはならない人たち(食品、運輸、流通、救急、警察)、務めを果たさなくてはならない人たち(特に医療従事者)のことも忘れてはいけません。

英国では「5G(第5世代)移動通信システムがコロナウイルス感染を拡大させている」とのフェイクニュース(虚偽報道)を信じた人たちにより、英国国内数ヶ所で電波塔が放火されたそうです。勿論、完全なデマ(流言飛語)なのですが、ウイルスと同じく、電波もまた目に見えませんし、情報もまた人と人とを繋いだり、人から更に多くの人へ拡散したりするものです。

この報道に接した時、この感染症は「苦しみの連鎖」かも知れないと思いました。人から人へと、人伝(ひとづて)に病苦や死が伝播(でんぱ)して行くのです。しかも、潜伏期間中には自覚症状が無い人、症状が出ても軽い人もありながら、それでいて、感染した他の誰かにとっては致命的であったりするのです。それはあたかも、私たちが他者の苦しみに対して、極めて鈍感、無感覚であることの隠喩(メタファー)のようです。その点、何だか現代社会を反映しているように思われるのです。

「苦しみの連鎖」と言いましたが、苦しむ人と苦しまない人とがいます。ペストやコレラやインフルエンザにも、耐性のある人と無い人、発症する人としない人とがあると思いますが、ここまでの大きな差異は無かったと思います。「陽性」と診断されても、殆ど健康状態に変化の無い人もいるのです。

今たまたま、私たちの健康が保たれているとすれば、今こそ、苦しみの中にある人たちに心を寄せて祈るべきことが是非とも求められています。それは「レント」に当たって、主イエスの苦難と十字架を念ずることに通じます。そのことを通してのみ、私たちは「復活/イースター」へと到達することが出来るのです。

私たちは、苦しみ悩む人たちのために、喘ぎ苦しむ世界のために祈りましょう。「苦しみの連鎖」を「祈りの連鎖」へと変えて参りましょう。

(2020年4月7日)

posted by 行人坂教会 at 18:45 | ┣会報巻頭言など