2020年07月17日

旭日亭菜単(続き)その59

  • 「澁澤龍彦訳 暗黒怪奇短篇集」(澁澤龍彦訳、河出文庫)
    シュペルヴィエルの「ひとさらい」とマンディアルグの「死の劇場」は再読です。今回の収穫は、ドルヴィリの「罪のなかの幸福」でしょう。父親によって最高の剣士として育てられた女オートクレールと、サヴィニイ伯爵との不倫話ですが、二人がセックスのみならずフェンシングによっても結ばれているのが肝です。私も長男の付き添いで、フェンシング道場に通っていた時期がありますので、一瞬の肉体の躍動の中に性別や道徳の境界線をも易々と超えるような、エクススタシス(忘我、痙攣)のような感覚があると思います。レオノラ・カリントンの「最初の舞踏会」では、少女の身代わりにハイエナが舞踏会デヴューします。女中の顔の皮を剥いで被ったハイエナですが、身体に染み付いた腐肉の臭いだけは如何ともし難かったのです。揺れ動く思春期の少女の思念を物語化した名作です。
  • 「アイヌ童話集」(金田一京助・荒木田家寿著、角川ソフィア文庫)
    読んでいて、東映動画の『太陽の王子ホルスの大冒険』を思い出しましたが、それもそのはず、そもそも「ホルス」は北欧神話ではなくて、アイヌ神話の「オキクルミと悪魔の子」から生まれた作品です。本書の中にも「オキクルミの昔話」として纏められています。金田一の末弟、荒木田の経歴(中川裕の「解説」)を見ると、1937年の「キネマ旬報」誌の懸賞に、自作『彼女の出發』が入選し、成瀬巳喜男監督が映画化する予定…との資料があるとの由。成瀬のPCL時代の末期でもあり、恐らく、この企画は頓挫したのでしょう。しかしながら、成瀬が二十年後に、児童文学者、石森延男の『コタンの口笛』を映画化していることを思い出して、私は何か不思議な符号のようなものを感じるのでした。
  • 「ゴーストリイ・フォークロア/17世紀〜20世紀初頭の英国怪異譚」(南條竹則著、角川書店)
    やはり、同業者の誼か、独立教会(18世紀英国における会衆派の別名)の牧師、エドマンド・ジョーンズの著書からの紹介を最も興味深く読みました。著者によれば、この人、カルヴィン派(スコットランド改革教会)の影響を受けていたり、ハウエル・ハリス(ウェールズにおけるカルヴィン主義メソジスト派の創始者)とも友好関係にあったようです。本文には、浸礼派(バプティスト)やクエーカーの人物の体験した怪異譚も紹介されているので、18世紀当時、英国のプロテスタント諸派が緩やかな連帯を持っていたことが伺えます。それはともかく、日本の人魂に当たる「屍蝋燭」、バンシーの係累と思しき「キヒラース」、「魔犬/地獄の犬」、牧師でありながら魔法使いに成ったデイヴィッド・ルイド等、実に面白い話が出て来ます。近代の科学万能主義に対する反論として著されながらも、現代では、フォークロアとしての価値が高く認められた文書です。
  • 「旅に出る時ほほえみを」(ナターリヤ・ソコローワ著、草鹿外吉訳、白水社)
    地底を掘り進む巨大アンドロイド「怪獣17P」と、その開発者である「人間」との心の絆を描いた作品ですが、そんな大筋から想像されるようなセンチメンタリズムとは無縁です。この「怪獣」の描写は、東宝特撮作品『キングコングの逆襲』において、メカニコングが「エレメントX」を採掘する情景と音楽(あの伊福部昭の)を、どうしてもイメージしてしまいます。国家総統による独裁と統制がエスカレートして、港湾労働者のストを弾圧し、「人間」の属する科学アカデミーからも研究の自由が奪われ、遂には「怪獣」を軍事利用しようとします。「人間」は名誉剥奪されて国外追放と成ります。丁度、習近平の独裁下「香港国家安全維持法」が成立した時でしたので、胸が詰まるような気持ちに成りました。そんな中、この「怪獣」は「人間」のために歌うのです。「あんまり背嚢につめるなよ。/一日 二日 三日じゃない―/二度と帰らぬ旅だもの…/旅に出るとき ほほえみを、/一度や 二度や 三度じゃない/旅は哀しくなるものさ…」。
  • 「縮みゆく男」(リチャード・マシスン著、本間有訳、扶桑社ミステリー)
    これは凄い小説でした。実存主義文学(サルトルの『嘔吐』)に比して論じる向きもあるようですが、この不条理な恐怖こそはマシスンの到達点です。正体不明(放射能?)の霧を浴びた男の体が1日に1/7インチ(0.36センチ)ずつ縮んで行くのです。緩慢なスピードでありながら、確実に進行して行き、治療方法は見付かりません。妻の背より低くなり、やがて幼い娘よりも、飼い猫よりも小さく成って行きます。その底知れぬ恐怖、周囲の無理解に対する苛立ち…。社会生活からの排除と差別、日常生活の困難、巨大化する衣服や家具、遂には、飼い猫や鼠、女郎蜘蛛などが襲い掛かって来ます。心身の障碍、進行性の病気、加齢による衰弱などの隠喩として読んで行くことも出来ます。日常の全てが恐怖に変わるのです。
  • 「二壜の調味料」(ロード・ダンセイニ著、小林晋訳、ハヤカワ文庫)
    所謂「安楽椅子探偵」物です。名探偵リンリーが警察の依頼を受けて自室で推理して行きます。助手は調味料「ナムヌモ」の訪問販売をしているスメザーズです。この人がワトソンのような語り手に成っています。私には、その語りが熊倉一雄の声で聞こえて来ます(但し、「名探偵ポアロ」ではなくて「ヒッチコック劇場」風ですが…)。この「リンリー=スメザーズ」のシリーズは本書の前半だけでした。予想に反して、後半の短編が面白かった。悪ガキ3人組が公園の池で、自作のポンポン船(『崖の上のポニョ』を想起せよ)に魚雷を仕込んで、金持ちの子どもの船を撃沈する「ラウンド・ポンドの海賊」が愉快。大戦前夜、ラディカルな発言をする国会議員の議会演説を、戦争を回避するために阻止しようとする「演説」のドンデン返し(先日読んだ「霧の中」を思い出します)。落雷による殺人を計画する「稲妻の殺人」も珍妙な味わいです。
posted by 行人坂教会 at 15:19 | 牧師の書斎から