2020年08月30日

霊魂の送り迎え

1.子守唄

「五木の子守唄」と言えば、熊本県球磨郡五木村が発祥とされています。その歌詞を覚えて居られるでしょうか。♪「おどま盆ぎり盆ぎり/盆から先ゃおらんど/盆が早よ来りゃ/早よもどる」。「おどま」は「私たちは」、「盆ぎり」は「盆限り」、「おらんど」は「いないよ」です。つまり、その歌詞は「私らは、お盆までという約束で、この家に子守奉公に来ているんだ。/お盆が過ぎたら、もういないよ。/お盆が早く来たら、早く家に帰れるのになあ」という意味です。

数多くの子守唄が作られた江戸時代、社会は安定期を迎えると共に、士農工商の身分制が確立しました。農村においても「地主と小作」という階級差(経済格差)が固定化して行きました。更には、身分制の中にも入れられずに「穢多非人(えたひにん)」と蔑まれ、謂われ無き差別を受けた「部落」の人たちの存在も忘れてはなりません。

明治期に入っても、相変わらず身分差別や貧困は続き、農村では「間引き」や「口減らし」が日常的に行なわれ続けました。子どもたちは7〜8歳にも成れば奉公に出されました。何と5歳で奉公に出されたという記録まであります。女の子は「守り子」をさせられました。5歳くらいの女の子が奉公先の赤子を背負って、日中歩いている姿が、かつては、この国の各地で見られたものです。

そうした「守り子」が呟くように、呻くように歌った恨み歌の1つ、それが「五木の子守唄」なのです。2番は「おどま勧進勧進/あん人達ゃよか衆/よか衆よか帯/よか着物」でした。ここに歌われる「勧進」は「乞食、貧民、非人」を意味します。自分の奉公先の人たちを「あの家の人たちは、綺麗な帯に立派な着物のお金持ちだ」と、自分の惨めな境遇と比較して揶揄しているのです。

2.盆義理

「五木の子守唄」の「盆ぎり盆ぎり」で、遠州・三河地方の「盆義理」なる習慣を思い出しました。要するに「初盆」なのですが、かの地では葬式そのものよりも盛大に行なわれるそうです。お盆の夕方に「初盆」を迎えるお宅に、親族、近所の人たちは勿論の事、会社の同僚たち、学校時代の旧友たちに至るまで、次々に訪ねて来て「御仏前/不祝儀袋」(相場は千〜3千円)をお供えして行くのだそうです。とにかく「浜松では葬儀は2回行なわれる」と言われる程だと聞きました。本当に「義理堅い」ことですが、「初盆をもって、葬祭の義理が終了する」の意味で「盆切り」でもあるという、興味深い考察もありました。

今年は新型コロナウイルス感染拡大防止の立場から、多くの人たちが「お盆の帰省」を自粛しました。お盆に帰省する義理も立たなくなってしまったのです。日本でお盆に親族が集う習慣があるのは、お盆に先祖、即ち、死者の霊魂(50年忌以前の未だ「祖霊」に成っていない「死霊」)が家に戻って来ると信じられているからです。それ故に、霊が迷わぬよう「迎え火」を焚いて迎え、「送り火」を焚いて送り出すのです。

「大文字焼き」で知られる京都の「五山送り火」も死霊を黄泉に送り帰す行事です。これは「山の送り火」ですが、「海の送り火」(海に送り帰す火)もあります。「燈籠流し」「精霊(しょうろう)流し」です。いずれにしても、死者の世界(黄泉、冥土)は山の彼方、海の彼方にあるという日本の古い観念です。

余談に成りますが、グレープ(さだまさし)のヒット曲「精霊流し」(1974年)の一節に♪「約束通りに あなたの愛した レコードも一緒に流しましょう」と歌われていて、その当時から、私は「塩化ビニールを川や海に流すなんて、酷い環境破壊だ」と思っていました。ところが、同じ歌の中に♪「線香花火が見えますか 空の上から」の歌詞もあって、死んだ人が「空の上から」見てくれていると言っているのです。死んだ人の霊がいるのは山なのか、海なのか、それとも空の上なのか…。とにかく「彼方」なのでしょう。お盆は仏教行事の体裁を採っていますが、その深層は土着の民間信仰です。それでは、現代の私たちは、先に逝った人たちは「どこにいる」と感じているのでしょうか。

3.盂蘭盆

最後に、京都市伏見区竹田に伝わる「竹田の子守唄」で終わりましょう。「赤い鳥」が1971年のシングル盤A面に入れて、ミリオンヒットを記録しながらも、被差別部落の労働歌だったとの謂われから、放送局が自主規制を掛けて、20年以上も放送禁止歌に成っていました。B面の「翼をください」が音楽の教科書に載り、人気合唱歌として歌われ続けていること(2009年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』にも使われて、アニメファンにも人気)と、余りにも対照的ではありませんか。

♪「守りもいやがる/盆から先にゃ/雪もちらつくし/子も泣くし」「盆がきたとて/なにうれしかろ/帷子(かたびら)はなし/帯はなし」「この子よう泣く/守りをばいじる/守りも一日/やるせやら」「はよもゆきたや/この在所こえて/むこうに見えるは/親のうち」。この唄にも、毎日の暮らしの辛さ、遣る瀬無さが沁み込んでいます。

それにしても、ここでも再び「盆」が登場します。やはり、子守奉公の期間なのでしょう。「帷子」は「初夏から初秋にかけて着る、裏地の付いていない和服、単衣(ひとえ)」のことです。「綺麗な着物も帯も無いのに、盆が来たからと言って何が嬉しいか」と言いながらも、それでも「親のいる家に早く帰りたい」と歌っているのです。お盆になれば実家に帰れるのです。このように、死霊の送り迎えと、奉公人(現代なら労働者)の帰省とが重なっていることに、何とも知れない、不思議な符号を感じるのです。そう言えば、仏教用語の「盂蘭盆」は、古代イランのアヴェスター語「ウルヴァン/霊魂」が語源だとする説がありました。

牧師 朝日研一朗

【2020年9月の月報より】

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