2020年09月27日

パンとワインと夢

1.主の食卓

10月第1主日は「世界聖餐日/World Communion Sunday」です。世界中の教会が十字架の主に結ばれて存在していることを確認するための記念日です。1936年に、米国の長老派教会が、10月最初の日曜日の礼拝で、聖餐式を執行したのが始まりとされています。ローマカトリック教会の「ミサ」や東方正教会の「奉神礼」では、日曜日毎に「聖体拝領」(正教会では「領聖」)が行なわれていて、それこそが礼拝の中心とされています。

ところが、多くのプロテスタント教会では、聖餐式は三大聖日(イースター、ペンテコステ、クリスマス)にしか行なわれていなかったのです。当時は、ペンテコステですら祝っていない教会が多数あった程です。それ故、同じ日に一致して、プロテスタント諸教会の信徒が聖餐に与ることに価値があるとされたのです。

特に1940年代になると、世界中に戦争の暗雲が立ち込めました。そんな中、世界中のキリスト者が共に「主の食卓」に就くことで一致し、お互いを認め合うことを願って、米国の超教派団体「連邦教会協議会/Federal Council of Churches/FCC」がこれを採用。その後身団体である米国「キリスト教協議会/National Council of Churches/NCC」によって引き継がれ、世界各国各地の「NCC」に拡がり、日本基督教団でも、1958年以降「世界聖餐日・世界宣教の日」として守られています。

2.聖餐中止

さて「コロナ禍」の中で「世界聖餐日」を、どのようにして記念したら良いでしょうか。そもそも、いつに成ったら、礼拝の中で聖餐に与ることが出来るのでしょうか。

今から十数年前に、「オープン聖餐」(未受洗でも希望する者の陪餐を認める)の是非を巡って、日本基督教団内部で批判が巻き起こり、教団執行部は未受洗者への陪餐を認める教師を免職処分にするという事件が起こりました。1969年「教団紛争」以来の黴の生えた怨恨が生み出した事件です。本来は信仰者の一致の象徴たるべき聖餐を、政争の道具として用いた結果、教団内部に大きな分裂をもたらしてしまいました。

現状はどうでしょう。主義主張は別として、殆どの教会が礼拝の中で聖餐式を執行できなくなり、中止しているのです。日本基督教団に限って言うなら、それは、あたかも神さまからの罰のように感じられます。「聖餐を重んじている!」と主張していた教会が、公同の礼拝で、聖餐に与ることが困難に成っているのです。

勿論、それでも聖餐を行なっている教会もあります。そのためにマンナンライフの「蒟蒻畑」を思わせるポーション(1人前小分け)カップに入ったグレープジュース(高価です)に、亀田製菓の「揚げ一番」のような小袋のお菓子を、パンの代用として使って居られるようです。実に涙ぐましい努力です。しかしながら、同じ場所で会衆が飲食することについては、危惧を感じない訳ではありません。

かと思えば「オンライン聖餐式」を行なっている教会もありました。各人がパンと葡萄酒(もしくは葡萄ジュース)を事前準備して、PCやタブレット端末の前に陣取り、一斉に聖餐に与るという手筈です。何と、この教会のHPには「種無しパンの作り方」と称するレシピまでが掲載されていました。しかし、オンライン等に無縁な「情報弱者」と言われる人たち(高齢者の多くが含まれます)は置き去りにされてしまいます。

3.主の血肉

聖餐のことを思い巡らして悶々としていたら、往年の名画『汚れなき悪戯』(1955年、スペイン)が思い出されました。原題は「Marcelino,Pan y Vino/マルセリーノとパンと葡萄酒」です。19世紀初め、フランス軍によって破壊されて廃墟となった修道院を再建しようとして、12人の修道士が働いていました。ある日の事、門前に赤ん坊が捨てられていました。修道士たちは、その子に「マルセリーノ」と名付け(丁度、その日がローマの殉教者マルチェリヌスの聖日だったから)、皆で育てるのです。

5歳に成ったマルセリーノは「ぼくのお母さんはどこにいるの?」と尋ねます。修道士は「神さまのもとにいる」と答えます。ある日、彼が「入るな」と禁じられていた屋根裏部屋に入ると、そこには十字架のキリスト像がありました。マルセリーノはキリスト像に話し掛けます。像は痩せていて、如何にも空腹そうに見えたので、厨房からパンを持って来て与えます。すると、像はそれを受け取ります。

やがて像は十字架から降りて来て、椅子に腰掛けます。彼が「私は誰か分かるか?」と尋ねると、マルセリーノは「神さまです」と答えます。こうして、マルセリーノは毎日、パンと葡萄酒を盗んでは、せっせと、キリスト像に運びます。キリスト像が「お前は良い子だから、願いを叶えて上げよう」と言うと、マルセリーノは迷わず「お母さんに会いたい」「あなたのお母さんにも」と答えます。

炊事係のトマス修道士は不審に思い、様子を伺っていたのですが、その目の前で、像はマルセリーノを膝に抱いて眠らせます。他の修道士たちも駈け付け、キリストが十字架に戻るのを目撃します。光輝く椅子の上で、マルセリーノは微笑みながら息絶えていました…。

「ヨハネによる福音書」のトマスは、外出していたために、復活のキリストに会いそびれて、最後まで信じられなかった使徒です。そのトマスと同じ名前の修道士が、最初に奇跡を目撃するのです。そして、マルチェリヌスは「ローマ典礼」の「聖体拝領の祈り」の中に、その名が挙げられる聖人です。

ズッと長い間、聖餐に与るのが当然、信徒なら与って当然と、私たちは思っていました。でも、当たり前の事なんか何一つ無かったのです。

牧師 朝日研一朗

【2020年10月の月報より】

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