2021年02月13日

旭日亭菜単(続き)その63

  • 「文豪怪奇コレクション/幻想と怪奇の夏目漱石」(夏目漱石著、東雅夫編、双葉文庫)
    編者の名前に惹かれて買いました。それでも「夢十夜」が入ってしまうのは致し方がありませんね。初めて読んだ物の中では「趣味の遺伝」が抜群でした。日露戦争で戦死した友人の墓参りをした折に、彼の墓前に見知らぬ美女を認めて、その謎と色香に取り憑かれてしまう話ですが、漱石が日露戦争に対して抱いていた単純ならざる心境も吐露されていて、明治の知識人の呻きが感じられます。石川啄木の歌「地図の上朝鮮國にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く」が思い出されました。ロンドン留学時代、霧深きロンドン搭で体験する幻覚の数々(「倫敦搭」)、西洋騎士物語を装いつつ、どこか「聊斎志異」を思わせる幻想譚(「幻影の盾」や「薤露行」)、楽しみました。巻頭に新体詩、巻末に俳句を置いた編者のセンスにも脱帽します。「あんかうや孕み女の釣るし斬り」を読むと、いつも月岡芳年の無惨絵「稲田九蔵新助」(「英名二十八衆句」)が脳裏に浮かんで参ります。
  • 「図書室の怪/四編の奇怪な物語」(マイケル・ドズワース・クック著、山田順子訳、創元推理文庫)
    表題作はゴシックホラーの粉を塗した推理小説ですが、とても楽しめた読書でした。宗教学の世界では常識ですが、古い聖地の上に新しい聖所が建てられるのです。それはキリスト教会の場合も日本の寺社仏閣の場合も同じです。集落や町の成り立ちも同じです。何層にも折り重なっているのです。同じようなことが古い屋敷にも言えるかも知れません。この小説に描かれるアシュコーム・アビーの屋敷(abbeyの名の通り、元々は修道院の建物)に限りません。私たちもまた「堆積した過去」(メルロー=ポンティなら、そう言うかも)の上に暮らしているのです。併録の「グリーンマン」「ゴルゴタの丘」も、英国ホラーの好きな人なら、絶対に気に入るはずです。
  • 「炉辺の風おと」(梨木香歩著、毎日新聞出版)
    八ヶ岳の別荘(著者は「山小屋」と表現したがる)での暮らしを中心に綴られるエッセイですが、植物と鳥と菌類についての薀蓄は元より、著者のこれまで行った土地土地、出会った人たちの記憶が縦横無尽に飛び出して来ます。斯くして、遂に辿り着いた、著者の居場所が「八ヶ岳の山小屋の炉辺」だったのですね。「ただ、願うことしか。まるで無力のようでいて、しかしそれも大切な仕事のように思う。願わなければとんでもない方向に行くような気もする。祈りの時間に似ている」。著者だけではなく、もっと多くの人たちが、このような言葉を紡ぐことの出来る場所を、あちらこちらに作る必要があると思います。
  • 「風と双眼鏡、膝掛け毛布」(梨木香歩著、筑摩書房)
    最近、NHKの「日本人のおなまえっ!」も地名由来の方向に舵を切っています。明治以前に名字帯刀が許されていた家なんて、人口の数%もいなかった訳でしょう。今更、人様の家柄自慢なんか聞かされても誰も楽しくありませんしね。作者は鹿児島県の出身で、京都、大津、芦屋、東京などを転居していますが、大津以外は、都市を採り上げていません。どうやら、地方の小さな地名(字名)に物語の入口を探しているようです。採り上げられている中では、札幌近郊の「銭函」と「星置」の地名には、私にも強い愛着があります。夫婦喧嘩をして家出した時に、当ても無く彷徨った場所なのです。地名への愛着は、その土地を歩いた時間の長さと関係があるのかも知れません。
  • 「ゴールデン・カムイ」第24巻(野田サトル作、集英社)
    歌志内で子どもに聞き込みをする白石が、側溝から顔だけ覗かしているのは、『イット』のペニー・ワイズのパロディですね。杉本一行が乗る石狩川蒸気船に、クリント・イーストウッド顔の郵便配達人(これって『運び屋』でしょ)が同乗していたり、札幌のヤクザの親分が若山富三郎まんまだったり、面白くもない小ネタが連発される時があります。玉石混淆に我慢して読み進むしかありません。それにしても「切り裂きジャック」の背景には、札幌教会の建物が執拗に出て来るのですが、教会の人、複雑な気分でしょうね。
posted by 行人坂教会 at 19:53 | 牧師の書斎から